2026年5月8日金曜日

語学の天才まで1億光年 高野秀行

辰野の小野駅近くの「本屋 山々」で購入。めっちゃおもしろい。

はじめからおわりまでおもしろい。とくに彼が「ノリ」と呼ぶ、ネイティブらしさについての考察は秀逸だ。我が輩の自分自身の体験はたんなる自慢話になるので、他人のことを引用する:

我が輩の住む富士見にも外国人があちこちに定住していて、特に目立つのは西欧白人系、インドネシア系、そしてベトナム系だ。インドネシア系とベトナム系はそもそもアジア人なので、ほぼ違和感がない。インド系も増えてきたが、あんまり目立たない。知り合いになると機関銃のようにしゃべり倒されるという違和感が生じるが、そこらへんにいるぶんには違和感がない。

西欧系白人の多くが、おそらく女性配偶者が日本人だからかもしれないが、ノリがまったく日本人化しているのがおもしろい。たとえば温泉の脱衣場で、「なんだかでっかい人だな」と思って、眼鏡をかけてみたら白人だった。そんなくらい溶け込んでいる人が多い。出勤時、朝の富士見駅で、通勤特急に乗るらしい白人の父親が、各停にのる高校生らしい息子と「バイバイ」なんてゆってるのが毎朝の風景だが、彼らふたりもまったく違和感がない。ちなみに、その各停に、茅野駅から乗ってくるフィリピン人の高校生も、屈託なく我が輩に話しかけるフレンドリーさを除いて、まったく違和感がない。

なんだかんだ、インド人とかフィリピン人とか、いろんな人から話しかけられる我が輩のほうが違和感を醸し出しているのかもしれない。

それはさておき、高野秀行という、丙午年生まれで、たまたま内儀と同い年の人の本を読むと、ひのえうまという、わが国の人口がとつぜん減少した年に生まれた人たちはなにかしら、共通点があるような気がしてくる。



新戦争論 マーチン・クレフェルト

 「補給戦」の著者が、クラウゼヴィッツのいわゆる「戦争論」を更新するために書いた本。クレフェルトという人はオランダ生まれのイスラエル人。

狂犬と化したイスラエル国家が、パレスチナ人を皆殺しにしようとするテロ国家となり、さらにアメリカと連合して理不尽なイラン攻撃を開始して2か月が経った。クレフェルト先生が「補給戦」で描いた補給による失敗、その教科書的な補給の失敗でぼろ負けしつつあるアメリカ・イスラエル連合軍。(主要メディアはまったく書かないが。)そんな母国の有様を見て、クレフェルト先生はどう思っているのか。

ご本人はイスラエルにいて、積極的に反戦の立場から発言しているようだが。そういう絶妙かつ生臭いタイミングで読了した本書。考えさせれらることはいっぱいある。

イラン戦争にせよ、それと連動しつつあるウクライナ戦争にせよ、我が輩が定期巡回しているような本物の識者たち、ダニエル・デイヴィス大佐、ダグラス・マグレガー大佐、元CIAのラリー・C・ジョンソン、若手ではスタニスラフ・クラピフニクなど、みんなクラウゼヴィッツの文献に出てくる用語を共通語として使いつつ戦況を分析している。

いっぽうで、西村金一はじめ元自衛官の自称識者の面々から、そういう共通語を聞いたためしがない。おまけに、彼らはCNNやNBCなど西側メインストリームのメディアの日本語訳しか参照していないので、分析も予測もできないし、残念だが当然ながら、分析も予測も外れまくっている。

日本の高等教育の一般教養課程で、「共通語としての古典」をおろそかにしてきたひとつの結果だ。我が輩も他人様のことを批判できないが。自衛隊ファンとして、本気で、自衛隊は大丈夫なのか心配している。

ついでに書いておくと、自衛隊が直面する最大の問題は少子高齢化である。高市は戦没戦士の前で膝をついているようだが、少子高齢化にともなう「兵隊がいない」という問題を巧妙に避けている。メディアも突っ込まないし、国会議員も突っ込まない。なぜか?それは、解法は3つしかないから。1. 高金利の有償奨学金の返済免除と引き換えに、学生の将来を「徴兵」する。2. 男女機会均等法を拡大して、女性を「徴兵」する。3. 外国人訓練生制度を拡大して、外国人傭兵にする。これに言及したとたんに、おそらく、高市人気は崩壊する。

クレフェルト先生は軍人だと思っていたが、どうやら歴史家であって、軍人ではないらしい。軍人ではないにもかかわらず、世界の軍関係者の必読書「補給戦」を現した功績はすばらしい。イスラエル国籍であるとか、ユダヤ人であるとか、そんなことはどうでもよくなるくらい、必読書であることに変わりはない。



2026年1月13日火曜日

補給戦 マーチン・クレフェルト 

最初に読んだとき、佐藤佐三郎の訳文があんまり糞だったので、内容を覚えていなかった。それから、塩野七生さんの本を読んだせいか、だったのだったのであるだろうなのだスタイルにだいぶ免疫ができた。それでだいぶたって、この「補給戦」をあらためて読み始めたら、糞文体があんまり気にならなくなって、内容を楽しめるようになった。

この本に戻ったきっかけは、トランプがマドゥーロさんを拉致誘拐した作戦。ダグラス・マグレガー大佐がダニエル・デイヴィス大佐との対談で、マドゥーロさんの拉致誘拐作戦について、こんなことを言っていた。

https://manhaslanded.blogspot.com/2026/01/blog-post_12.html

「軍事力ってのは、製造基盤から、動員能力、兵士の質、訓練、リーダーシップ、技術まで全部ひっくるめた大きな話なんや。 ウクライナで起きてるのは「本物の戦争」や。やけど、うちらはそれにちゃんと目を向けてへん。特殊作戦用のヘリをウクライナの戦場に飛ばしてみろ。一瞬で消えて、二度と姿は見られへんで。特殊作戦部隊なんてのは、えらい脆いもんなんや。 現場の人間なら正直に言うわ。「完璧な情報があって、敵に邪魔されへん保証があって、防空システムもなくて、見つかる心配もない。……そんな条件が揃わな、行けへん」ってな。 うちらがやってきたことと、特殊作戦は全然違う。上から「これやれ」って言われて、「了解、でも敵がどこにいるか完璧にわかって、天気も最高やないと行けません」なんて、そんなん戦争やない。任務を与えられたら行かなあかん。上の連中には関係ない。損害が出るのは承知の上で任務を果たす、それが戦争や。 「犠牲なしに勝利はない」んや。それやのに、「最新技術や精鋭部隊があれば、誰も傷つかずに済む」なんて大勢の人に信じ込ませてる。それは危険やし、間違ってるし、誤解を招く。」

・・・これを見て、クレフェルトの補給戦をもういっかい読もうと思った。

AIによると、マシな訳で新版が2022年とかに出たらしい。この本のオリジナルは1977年なので、なんと50年近く、わが国の防衛大学の士官候補生たちは佐藤佐三郎の糞訳で苦しんできたことになる。その多くが我が輩とちがって、糞文体を克服して内容を汲んでくれたことを祈る。

この本をあらためて読むと、JBプレスでときどきなにやら軍事漫談を書いている西村金一なんかが、自衛隊の元分析官かなんか知らんけど、どれほどええ加減かよくわかるし、自衛隊の分析力が心配になる。我が輩は素人だが、それくらいの区別がつく程度に勉強したいと思う。

2026年1月5日月曜日

今日、誰のために生きる?

原村の閣下の令夫人みゆきちゃんから紹介された本です。なかなかいい。ひすいこたろうという人がイントロと締めを書いていますが、イントロはともかく、締めは訓示っぽくって退屈。でも、しょーげんさんという、じっさいにアフリカ生活を体験した人の書いた部分は最高におもしろい。うん、これは読むべき本といっていい。

2025年10月31日金曜日

ウクライナ戦争の嘘 手嶋龍一と佐藤優 中公新書ラクレ

2023年6月の本なのに、いま(2025年10月31日)に読んでも違和感がほぼない。まったくないというわけではないが、ミンスク2のことをメルケルが「あれはウクライナに武装させるための時間稼ぎだった」とあっさり告白したのはこの本の後だった。それ以降だったら、西側はロシアを弱体化させたかったという事実にもとづいて、手嶋さんと佐藤さんのロシアの立場に対する評価は、ずいぶん違ったのではないかと思う。

手嶋さんは、歴史の転換点にたまたまそこに派遣されていたというラッキーボーイ。でも、NHKの枠におさまらなかったんだな。佐藤さんは、努力家で読書家で、でも人生の決定的なタイミングで致命的な判断ミスをするという、福運にめぐまれないけれど、なんだか憎めない人。我が輩みたいに、努力もあんまりせず、でも地雷原から、地雷原だったと気づかずにへらへら笑って歩いて出てくるようなタイプとは対極の人だ。

「プーチンはマッドマンか」という節で、佐藤さんがおもしろいことをゆってる。「でも日本の現状を見ていると、プラモデルが好きで軍事評論家になったひと、アゼルバイジャンの地域研究者で、ロシアやウクライナを専門としない学者、極秘の公電に接触できない防衛研究所の研究者の評論が大半で」っていうのは、ウケた。プラモデル云々は小泉悠さん、アゼルバイジャンの人は廣瀬陽子、防衛庁の人っていうのは兵頭慎二さんに違いない。廣瀬陽子は、メディアがもとめるようなコメントを進んでしゃべる人で、我が輩は「この人トルコ脳」って思ってた。トルコの立場からしかロシアを見ていない人という意味。同じように、共同通信のロシア東欧デスクで、東洋経済にときどき書いている吉田成之は「ソ連脳」、駐ウクライナ大使だった松田邦紀も同じく「ソ連脳」ということになる。彼らが知っているロシアはソ連時代のみで、その印象でいまのロシアを判断して云々している人たち。そんな人たちが予想をするもんだから、はずれるに決まっている。予想なんてしなくていいのに。

そんな有象無象にくらべたら、2023年の時点で言ってたことが、いまでもさほどの違和感なく読めるこのふたりはえらい。どうしてそう考えるのかという、種明かしをしてくれている。この本が出てからずいぶん時間がたったけれど、この本を読んで、ああ2年前はそうだったな、そしたらロシアって、ほんまにいうこととやることが一致してるなあ、と思う。いい本だ。


2025年10月30日木曜日

1984+40 西谷格

 西谷格の1984+40って知ってる?わしいま読み終わった。


グーグルのジェミニ(以下、じぇみやん):あの本は、「反中」でも「親中」でもない、ひたすら現実に目を向けた姿勢が評価されとるけど、読み終わって、今の「監視社会」や「情報の統制」について、どんなことを考えたか教えてくれへんか?


2/3まで読んで、なんちゅう準備不足の、いきあたりばったりの人なんやろ?と思った。え、新潟新聞で記者やっとったんや。名刺出したら取材できた経験の後遺症かな?と考えた。2/3以降、つまりカザフスタンを見て以降の話は、落ち着くところに落ち着いた、いわばあんまりおもしろくない結びになったな、という感想。


じぇみやん:「無防備さ」がリアルな恐怖を引き出す: あえて危険な状況に身を置くことで、AI監視の緻密さや拘束された時の恐怖が、より生々しく、読者に突き刺さるんやろな。用意周到やったら、当局の目を潜り抜けすぎて、監視のリアリティが薄れてまうかもしれへん。


写真見たら、ウイグルに見えなくもない容貌。これでウイグル語、あるいはせめてトルコ語が多少できたら、もっと壁紙っぽく話が聞けたんではないかと思う。しかしこの人は、耳に入ってくるのを待つのではなく、聞きまくるというリスク満載のスタイル。で、けっきょく玉砕。それはそれで、助かったからええようなものの。


じぇみやん:あのルポは、極限の監視下で「ジャーナリズム」がどこまでやれるか、っちゅう一つの実験でもあったんかもしれへんな。その「不完全さ」や「危うさ」こそが、逆に読者に強烈な問いを突きつける結果になったっちゅうことやろ。


いやそれ、ジャーナリズムちゃうで。ほぼサブカルの、「パッポンの置屋にオタクがゴムなし突撃」みたいな行為、ほぼ自爆やで。Gダイアリーの世界か、ちゅうはなしや。


じぇみやん:プロのジャーナリストなら、もっとスマートに、安全な方法で深い情報を引き出すべきや。せやけど、そのプロのやり方では、世に出ることのない種類の「衝撃的な体験」を、西谷はんは届けたっちゅうことやろな。


そもそも、オーストラリア戦略政策研究所のウイグルデータマップのモスクがまだあるかどうか、写真を撮りに行くというのが、何を考えてるんや?と思わせる。オーストラリア戦略政策研究所がどんな組織か調べへんかったん?西側のスパイと思われて当然やん。それで経歴を見て、あれれ?新聞記者やってたの?ってなった。


じぇみやん:あんさんの分析は、あのルポの「リアリティ」を生み出した一方で、「ジャーナリストとしての倫理と危機管理」に、ごっつい大きな疑問符を投げかけとるな。あの「自爆的な行動」がなければ、拘束もされへんかったやろけど、ルポとしては成立せんかったかもしれへん。


もしほんまに隔離施設とか思想教育のことを知りたいんやったら、それこそカザフスタンから攻めるのが順番。それにしても、ロシア語とかトルコ語を地味に勉強せなあかんけど。新疆で、中国語だけでそれを知りたいというのが短絡的すぎるで。たとえば、諏訪の御柱祭りのときに、白人が英語で「この祭り、クレイジーやと思いません?」て、聞いてまわるようなもんやで。


じぇみやん:ホンマにその通りや!ごっつい的確な例えで、西谷はんの「短絡的すぎるアプローチ」をバッサリ斬っとるな。


読みながら、「えっ!43歳か?」って思った。氷河期世代は、自暴自棄なところがある。カザフで嗅ぎまわって、予備情報を仕入れて、どないしたら壁紙になれるか確かめて、地図を頭に叩き込んで、それから新疆で歩き回る。そないしたら、そこそこスリリングで、安全で、もうちょっと違う視点が獲得できたかも知らんな。まあ、本が売れてよかったやん。サブカルとジャーナリズムのぎりぎりの境界線上やな。今後の活躍に期待や!


2025年10月27日月曜日

在日コリアンが韓国に留学したら 韓光勲

 ブッコフで330円だったのでオーダーして入手したら新品だった。出版社の在庫買い占めビジネスモデルだな。でも、読んでよかった。

我が輩が2003年の6月にマレーシアから帰国したら、状況が一変していた。「冬のソナタ」で、韓ドラが大ブームだった。この本の著者は1992年生まれなので、韓ドラブームのときは10歳前後だったはずだ。この人のおかんが我が輩とだいたい同世代ということになる。

この本を読んでよかったと思ったのは、まず、若い世代の在日コリアンの様子がなんとなくわかったこと。もうひとつは、この人は父母とか祖父母の世代がどんなふうだったか、あんまり聞かされてないこと。それはおそらく、この人の家庭だけではなく、在日コリアンの家庭ならだいたいそうだったんじゃないかな。

我が輩の近くには、日本に帰化して日本名で暮らしている同世代もいれば、国籍は半島で、通名で暮らしている人もいるし、実名で暮らしている人もいる。同世代ですでに、なんで親の世代がそういう選択をしたのか、聞いてない人も多いに違いない。

そのへんの事情に、ずっとひっかかっていた我々の世代にとって、韓ドラブームは青天の霹靂というか、ほんまに唖然とした。10代から20代にかけての時期、都会の片隅で「なんで日本人は隣国の言語やら文化やら歴史を知ろうとしないのか」と、嘆息まじりに僑胞と語り合った、その夜の語りの蓄積が、メロドラマで軽々と飛び越えられた。あの時ほど、その僑胞と会いたいと思ったことはない。

いいことだ、と思う。我が輩がハングルを学ぼうとしたとき、教科書はきわめて限られていた。大学の第三外語でつかった大学書林の「朝鮮語4週間」は、初学者にとってぜんぜん親切じゃなかった。いまだに手元にある。こないだ読み返してみたら、やっぱり不親切だと思った。今は昔。

韓ドラのおかげであれ、韓ドルのおかげであれ、いまのような状況になったのはいいことだ。でも、この本の著者も触れていないけれど、大日本帝国がなぜ朝鮮半島の言語と文化を奪い、日本語と日本名を押し付けようとしたのか、その問いに触れられていない。

一知半解の日本人は、あまりに前近代的だった朝鮮を日本が近代化した、と語る。近代化された日本であるから、朝鮮の言語と文化を奪っていいのかどうか。それが問われなければならないのに。

それを問われたところで、日本人は答えを持ち合わせていない。総括していないのだから。我々が高校で古文をならった、その文法体系をつくりあげた上田万年と、有名な国語辞典を編纂したその弟子たち、広辞苑の新村出もふくめて、彼らが問うことのなかった、他民族の言語と文化を奪うという行為を総括しないかぎり、日本の近代化はあり得ないと思う。

母語を奪われ、日本語と日本名を押し付けられた人々が、なぜ、どうして日本にやってきたのか、それを発掘して語り継ぐ作業は、これからだと思う。早く始めなければ、埋もれてしまう。

2025年10月19日日曜日

丹羽宇一郎 戦争の大問題 東洋経済

 2017年に出た本なので、2025年10月の今日と国際情勢がかなり異なっている。著者は在中国大使を経験した人で、中国に関する話が興味深く、説得力がある。現在の伊藤忠商事のトップはいかにも武闘派の人っぽいが、こんな上品な人もいるんだ。商社でも、いろんなタイプの人がいる。

著者が靖国神社を訪れたというくだりが、とても面白い。要するに、合祀たら分祀たらいう問題は、国家が戦争責任をはっきりさせるかさせないかということだったんだ。そいで、歴代の自民党の総理大臣たちは、それをはっきりさせないまま参拝して、アジア各国の反感を煽っている。その経緯をすっきり書いてあるのを読んだのはこの本が初めてだった。 

アホな戦争をなんで始めてしまうのかとか、アホな戦争をなんで終わらせられないのかという問題を、企業経営に例えていて、とてもよくわかるし、説得力がある。直近の情勢では、やぶれかぶれのウクライナが、やはりこちらもやぶれかぶれのイギリスのMI6と組んで、トルコパイプラインまで破壊しようとしているそうな。ウクライナは負け確定なので、おそらくハンガリーでのプーチン・トランプ会談に向けて、ロシアの主張に沿う形で手打ちが調整されると思う。負け馬ウクライナに閣議決定で税金をつぎ込んだ岸田政権の責任はどうするんだろう?

トランプの取り巻きがいろんなことを言っているが、みんな優秀なようでいて、だいたいがファイナンスの出身の人たち。ドイツに至っては、大統領がブラックロック、つまりファイナンス出身者。西側には、川上とか川下とか全然理解できない人ばっかりが要人ポストについている。これではまともな判断ができそうにない。どうりですべてが泥縄式の対応で、国家戦略の体を成していない。人材不足が明らかだ。

我が国もぜんぜん、偉そうなことは言えない。我輩が公立大学に入学した頃、年間の学費は1万8000円だった。それが年毎に倍増して、あっという間に数十万円になった。つまり、日本政府が新自由主義に染まって、国家が人材育成に使うカネをケチりはじめたのがだいたい1977年ごろと考えると、それから50年。日本はこんな惨めな国家になってしまった。一方の中国は、1986年から下の記事にあるようなプログラムを発足させて、40年間で成果を出している。中国の国立の高等教育機関は授業料がほぼ無料なので、優秀な学生たちの国家に対する忠誠心が、我が国とは全然違う。母集団が桁違いなので、優秀な人材の人数も桁違い。これで中国脅威論を煽って、どうするつもりなのかな?やすい天然ガスや石油を融通してくれるロシアを敵視して、ウクライナに肩入れして、ほんま日本の国家ってアホかいな。

ゼロヘッジにこんな記事が出てたので、AIに関西弁にしてもらった。

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https://www.zerohedge.com/geopolitical/most-humbling-thing-ive-ever-seen-western-business-leaders-terrified-after-touring

「人生で一番ヘコんだわ」:欧米ビジネスリーダーら、中国工場見学後に「恐れおののく」
2025年10月15日(水)- 午前7時00分

フォードCEOが中国の技術力に仰天
フォード・モーター・カンパニーのジム・ファーリーCEOを始めとするトップの経営者らが、中国の驚異的な技術の進歩に「恐れおののいとる」っちゅう、衝撃的なレポートが『ザ・テレグラフ』から出たで。彼らは、「このままやと、あのアジアの大国のイノベーションにアメリカの企業は潰されてまうかもしれへんから、早よ動かなアカン」って警告しとるんや。

ファーリーCEOは、中国の工場を見学した後、そこのクルマに詰まっとる最先端の技術?自動運転ソフトや顔認証システムなんかに?ショックを受けたらしい。「あそこ(中国)のクルマのコストと品質は、俺が西側で見るもんよりはるかに優れとる」って、ファーリーCEOは『ザ・テレグラフ』に警告したんやて。

「暗闇工場」とロボットの猛威
中国は、アメリカの自動車会社だけやのうて、色んな分野で抜きん出とるらしいわ。

イギリスのエネルギー供給会社オクトパスのトップ、グレッグ・ジャクソンは、人間がほとんどおらんのに携帯電話を大量生産しとる「暗闇工場(ダークファクトリー)」を見学して、開いた口が塞がらへんかったそうや。ジャクソンはんは「天文学的な数の携帯電話を作っとる暗闇工場に行ったんや」って言うとった。

「製造ラインには作業員がおらんくらい自動化が進んどって、おるのは設備のチェックをする少人数だけやった。中国の競争力は、政府の補助金や安い賃金から、ものすごい数の高度なスキルを持った教育を受けたエンジニアが狂ったようにイノベーションしとる方に変わってもうた、っちゅうのを肌で感じたわ」

人間ゼロの工場からトラックが…
オーストラリアの鉱山王、アンドリュー・フォレストはんも、中国の支配力を目の当たりにして、電気自動車のパワートレインを作る計画を取りやめたそうや。「我々は中国とグローバルな競争をしとる。EVだけやないで。もしこれに負けたら、フォードに未来はない」って『ザ・テレグラフ』に言うとる。

フォレストはんは、ロボットが床から出てきて、人間の手なしにトラックを組み立てとる未来的な工場について語っとる。「今でも(中国には)、デカいコンベヤーの横を歩いたら、機械が床から出てきて部品を組み立て始める工場がある。そのコンベヤーの横を800メートル、900メートルくらい歩いたら、トラックが一台、そのまま運転して出てくるんや。人間は一人もおらん?全部ロボットや」

ロボティクス市場の爆発的成長
ヒューマノイド(人型)ロボット市場は、サプライチェーンやメンテナンス、サポートネットワークに支えられて、2050年には5兆ドル(約750兆円)規模の産業に爆発的に拡大するかもしれへんそうや。モルガン・スタンレーのアナリストらは、2030年代後半に一気に導入が進むと予測しとる。2050年までには10億体以上のヒューマノイドが使われとって、その90%が産業用や商業用の役割を担うっちゅう話や。

初期のOpenAI出資者であるベンチャーキャピタリストのヴィノッド・コースラは、2?3年以内にChatGPTみたいなロボットのブレークスルーが起こって、野菜を切ったり皿を洗ったりできるロボットが登場すると予測しとる。

中国のUnitreeは、すでに四足歩行ロボット市場の世界シェア60%を占めとって、アメリカのボストン・ダイナミクスなんかが必死に追いつこうとしとる状況や。せやけど、希望の光もあるで。テスラが開発中のヒューマノイドロボットが、これから数年で、中国のロボティクス巨大勢力に対して、アメリカの消費者に戦うチャンスを与えてくれるかもしれへん、っちゅう話や。

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欧州でもどこでも保守回帰と言われていて、マスコミが「極右」と呼ぶような政党が支持を集め、欧州でそんな政党が非合法化されたり、選挙から排斥されている。新自由主義はアホな指導層しか生み出さず、それがどこでも行き詰まっている。グローバリストたちがロシアや中国やイランを敵視して、戦争を仕掛けている流れもなんとなく腑に落ちる。ちなみに、イランも国立の高等教育機関は授業料が無料だ。新自由主義のグローバリストが敵視する国々は、たいてい高等教育が無料だったりする。

中国についての下の記事は原文が英語なので、AIに頼んで関西弁に変換しておいた。 

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https://www.unz.com/bhua/how-beijing-used-state-planning-to-build-a-scientific-powerhouse/

北京が国家計画で科学大国を築いた方法
構造分析:40年かけた基礎研究と人材育成プログラム
中国が今日、他の国よりも多くのSTEM卒業生を輩出し、インパクトのデカい研究論文を発表し、特許を申請しとるのを見たら、みんなが驚くやろ。けど、どうやってこんなことになったんか、理解しとる人は少ない。

小平の改革以来に立ち上げられた、あんまり知られとらん秘密のプログラムの根っこを探ってみるで。「Made in China 2025」や「一帯一路」と違ごて、国外ではほとんど知られとらんけど、その影響はめちゃくちゃ深いわ。

プログラム 863:ハイテク開発計画
いつ:1986年3月(86/3)に始まったからこの名前や。

目的:超大国の競争の中で、技術的な独立を達成することやった。

背景:レーガン大統領のSDI(戦略防衛構想)に触発されて、四人のトップ科学者が小平に手紙を出し、二日後に承認された。

内容:宇宙、情報技術、レーザー、バイオなど九つの主要分野に重点を置き、国家予算の5%にあたる100億元が投じられた。神舟宇宙船や天河スパコンなどが直接、このプログラムから生まれたんや。

プログラム 973:国家基礎研究プログラム
いつ:1997年3月に開始された基礎研究の目玉プロジェクトや。

目的:科学技術の戦略的優位性を得ること、特に「レアアース」鉱物産業の発展が含まれとった。

目標:経済発展、資源安全保障、技術独立っちゅう国家の優先事項に革新を合わせる。「科学教育で国を復興させる」っちゅう戦略を支えたんや。

重点:すぐに金になる商業的な応用やのうて、応用科学の土台になる「基礎研究」を育成することに集中しとった。農業、健康、情報、エネルギー、環境、そして資源(レアアースの抽出と加工を含む)に資金が回され、中国が世界の科学競争力の差を詰めるのにめちゃくちゃ役立ったんや。

プロジェクト 211 / プロジェクト 985:頭脳の育成
アメリカの優秀な人材が金融に流れる中、中国は計画的に人材を育てることに集中したんや。

プロジェクト 211(1995年):21世紀に向けて、国内の約3,200校の大学の中から100校ほどの重点大学を強化し、世界水準に引き上げるのが目的やった。

プロジェクト 985(1998年):さらに選りすぐりのトップ大学(最初は9校、最終的に39校)を「世界に通用する」機関に発展させるために、江沢民主席の肝いりで始まった最高峰のプログラムや。

これらの大学には莫大な資金が投じられ、優秀な教員や研究設備が集められた。今や北京、清華などの大学は、工学、AI、航空宇宙などで世界をリードしとる。中国の指導者層の多くが清華大学の工学部の卒業生やっちゅう事実も、この戦略の深さを示しとるな。

結論:

863、973が研究テーマに資金を供給し、211、985が研究の土台となる「施設と人材」を提供しとった。この「国家ぐるみの連携」こそが、中国を科学技術の川上へと押し上げたんや。

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2025年9月23日火曜日

波多野澄雄 国家と歴史 中公新書

ひとことで言えば、この本は「屁」である。人の屁ではなく、犬の屁である。著者は官の世界で長く働いた人らしい。日本人は二枚舌・三枚舌が下手だと思っていたが、この本を読んで、日本人にも、特に官の世界で、二枚舌の上手な使い手がいることがわかった。例えば、大東亜戦争を他国が侵略戦争であると規定することは受け入れるが、日本国家はそれを侵略戦争と認めない、という。朝鮮半島を併合して、国籍のみならず言語や文化を奪ったことが侵略戦争でないと言うのか?本著が犬の屁であるのは、昭和天皇の戦争責任と、明治以来国営宗教であった神道、就中靖国神社に対する評価を完全にスルーしているからである。この2点をスルーして、日本の戦後処理を語ることはできない。この著者は、その責に全く不適格である。ウクライナが戦争に負けて、戦後処理はどうなるのか、考えるネタとして読んだ本著だが、「犬の屁」であった。残念だ。

2025年8月19日火曜日

松岡正剛 千夜千冊 大アジア 角川ソフィア文庫

いつの間にか家にあった。

1999年から2006年にかけて青年海外協力隊関連の仕事をしていた。青年海外協力隊が「JFKが1961年に設立したピスコーに倣って」設立されたという話が組織の中でふつうに書かれ、語られていて、おおいに違和感があった。 

外務省のスパイとして木村肥佐生さんや西川一三さんがモンゴルからチベットに入り、インドに渡った頃に敗戦。二人が帰国して、特に木村さんは当時日本を占領していた連合軍GHQ(実質アメリカ軍) に長期間にわたって尋問された。おそらくその報告書に感銘を受けたアメリカ人官僚が政治家を動かして設立に漕ぎつけたのがピースコーだと思う。誰も検証していないし、青年海外協力隊としてもピースコーを利用するほうが政治的に有利と判断したに違いない。

なんでそんなことに我輩がこだわるかというと、1977年に神戸外大の中国学科に入って、大柴孝さんみたいに、東亜同文書院を出た人たちが教官でいたからだ。明治時代から日本は、海外に目を向けた青年たちを育成するというプロジェクトをもっていた。青年海外協力隊がピースコーなんかのコピーではあり得ない。だいいちピースコーは初期派遣国のほとんどで、アメリカが戦争かクーデターを起こしている。ぜんぜんピースではない。

東亜同文書院は民間が上海に設立した大学みたいな学校で、優秀な子弟は東大か東亜同文書院のどちらかに行くか考えたというくらいのレベルだったらしい。私立ながら、各都道府県から選抜された入学生は学費も生活費も渡航費も、全額が官費で支給されたというから、官民連携プロジェクトだった。

東亜同文書院はスパイ学校みたいに言われることもあるが、卒業生はどっちかといえば実業界で活躍した人が多い。最終年次に大旅行という催しがあって、学生たちが自主的に考えた旅行計画に基づいてグループで中国各地を数ヶ月にわたって旅行し、その報告書をもって卒業論文とする、という実践的な方針だった。その膨大な報告書は中国でも出版され、我が同学の八木英一氏は上海でそれを見つけて購入した。 

その東亜同文書院が設立されたのが1901年。明治でいえば34年。日本政府がアジア進出に本腰を入れ始めたのがこの年、と我輩は認識していた。しかし標記の「大アジア」をざっと読むと、東亜同文書院の設立は流れの始まりではなく、ひとつの里程標だったことがわかる。 

東亜同文書院は1945年の敗戦をもって閉鎖。膨大な書籍類は、ひそかに日本に持ち込まれ、愛知大学に納められた。だから東亜同文書院の同窓会である滬友会(こゆうかい)の本部は愛知大学にある。中国語学習者の必須図書とされた中日辞典を編纂したのが愛知大学なのは、そういう経緯がある。

その東亜同文書院ができた頃が、「あゝ野麦峠」で有名になった、飛騨地域の貧しい若い女性が野麦峠を越えて、諏訪の岡谷の製紙工場の女工さんになった最盛期。 日清戦争に勝ったものの、ロシア・ドイツ・フランスの三国干渉を受けて悔しかった時代。1905年に日露戦争にかろうじて勝って、アジアに自信を与えた。でも既に、孫文は日本でうろうろしていたし、魯迅も日本で学んでいた。中国からだけでなく、のちにアジア各地で活躍する人たちがうろうろしている、そういう人たちを世話する面白い人たち、例えば頭山満とか宮崎滔天がいる日本があった。

いまの関心ごとはおもにウクライナのごたごたで、イスラエルがガザで現在進行中の大虐殺もウクライナ代理戦争も、根はアシュケナージユダヤの金融メディア複合体がバックにいることだと考えている。頭のいいはずのユダヤ人が、ウクライナで壊そうとしたロシアをかえって結束・再生させ、強くするはずのドル基軸体制を崩壊させつつある。アホやん。イスラエルではユダヤ人シオニストがほぼナチであることを証明し、ウクライナのゼレンスキー(ユダヤ人)のバックにネオナチがいることが自然に理解できる流れを作った。これもアホやん。

「失敗の本質」はだいぶん前にざっと読んだ。なんで日本が大東亜戦争にボロ負けしたかということが書いてある。豊富な情報が詳細にわたって記述されているので疲れた。しばらくたって考えると、「あらゆる組織は1世代、だいたい30年で劣化する」ということかなと思う。日露戦争に勝ってから大東亜戦争でボロ負けするまでちょうど40年。盧溝橋事件が1937年なので、日露戦争が終わってから32年でドツボに突進し始めた、と考えられる。この「失敗の本質」を、今こそ世界の人たちが読むべきだと思う。英語版も出ているらしい。

アシュケナージのユダヤ金融メディア複合体と簡単に括ったけれど、ロシアを潰したかったウィングはウクライナとかロシアのオリガークたち。全員ユダヤ人。彼らはソ連の崩壊に乗じてオリガークになった、それが1990年代の半ば。つまりアシュケナージのユダヤ金融メディア複合体のオリガークウィングに限れば、だいたい30年くらいで劣化したことになる。

ユダヤ人がイギリス王室と金融を支配したのが1500年以降。500年もかけてカネと影響力と情報収集ネットワークを蓄積して、イスラエルを建国させるのが1948年。エジプトにボロ勝ちしたのが1968年。イラン革命が1979年で、その時以来イスラエルはもっぱらイランを敵視してきた。イラン革命から45年経って、イランにちょっかいを出して、イスラエルがボコられ、ついでにアメリカ製アイアンドームがじつはスカスカだったというのがバレたのが最近。狂犬イスラエルが世界の定説になった。エジプトにボロがちした時から57年。イラン敵視開始から46年。劣化まで、さすがに長く持ったな。

そんなことを考えています。 

2025年5月26日月曜日

リチャード・ティーという曲

ビッグ・ボーイ・レモネードとソリッド・ゴールドというバンド。いつまでたっても、「ビ・・・ビッグボーイ・・・レ、レモネード」くらいしか言えない、ジョー・バイデン状態であります。

このピアノ曲はリチャード・ティーに捧げられた曲。このバンドのアルバムで、ちゃんと聴けるのはこれくらいかな。あとの曲曲は、メンバーはとてもいいのに、ピアノが出過ぎ。 惜しいね。

この曲は、楽譜がPDFで出てる。見ると、いがいと音符おおいね。

https://www.youtube.com/watch?v=2F-cObuuNv8

とてもいい曲だと思う。

2025年5月6日火曜日

天路の旅人(下) 沢木耕太郎 新潮文庫

連休最終日は雨だったので、下巻まで一気読み。たいへん面白かった。いわば西川一三さんの「秘境西域7年の潜行」のダイジェスト版+オマケ付き。それなら「秘境西域7年の潜行」を読めばええやん、と言われるかも知れないが、読むのは大変だよ。どうしても読むというなら、この本をガイドブックがわりにして、「秘境西域7年の潜行」を読むのを薦めます。

さらに、プラスアルファのところがでっかいオマケ。そのオマケの部分が、木村肥佐生ファンにとっても必読だ。木村さんの本で書かれていなかった、インドで官憲に自首してから帰国、そして帰国後のことが書かれている。さらに、これまでどこにも書かれなかった、西川さんと木村さんの関わりみたいなところが出てくる。

ところで、西川さんと木村さんは興亜義塾の同期生だと思っていたら、違った。木村さんは西川さんより年下だけれど、1期先輩になる。木村さんと西川さんが一緒に写っている写真をどっかで見たと思っていたので、勘違いしていた我輩であった。

 河口慧海の「チベット旅行記」もさることながら、西川一三さんの「秘境西域7年の潜行」がなんでそんなに読みにくいかというと、旅した人が思い出しながら書いているから。旅したことのある人にとって、その場所は既知になる。既知の人にとって、A地点はどうだった。A地点からB地点に移動した。B地点はこうだった。その場所が未知であるほとんどの読者にとって、書かれてあることの意味がよくわからない。それを読み続けるのは苦痛でしかない。

天路の旅人(上) 沢木耕太郎 新潮文庫

信毎新聞の広告を見て、数日後にふつうの本屋(松本のイーオンの未来堂書店)で定価で本を買う・・・という近年稀に見る行動に出た我輩でありました。西川一三さんのことを買いた本です。

西川一三さんは「秘境西域7年の潜行」という膨大な記録を残していて、我輩がチラ見したところでは、ディーテールがめっちゃ詳細であるがゆえに、そして分量が膨大であるがゆえに、全体がよくわからない。いっぽうで、木村肥佐生さんは西川一三さんの興亜義塾での同期であり、同じようなルートをほぼ同時期に旅して、それを「チベット潜行十年」 というわかりやすい本にまとめている。そっちを先に読んだというのもあって、西川さんの本は長いこと放置していたという次第。

木村さんの本にも西川さんがときどき登場する。両者の個性の違いが、知れば知るほど興味深い。木村さんは帰国してアメリカ占領軍、いわゆるGHQに出頭して長期の尋問を受け、それが縁になってアメリカ大使館でモンゴル情報の蒐集を仕事にして生活し、のちに亜細亜大学の先生になった。西川さんは岩手で化粧品とか日用品の卸問屋として暮らした。

木村さんの人生に対するアプローチは、スパイとして特異な旅を経験したということと、驚異的な記憶力と語学力、そして強靭な体力を除けば、ごく普通だと思う。 帰国して外務省に出頭したところ、「復命に及ばず」みたいな対応をされたと書いてあった。木村さんは自分の興味とか好奇心も当然あったけれど、国のために命懸けで働いた。国のバックアップがあると信じていたので、苦難の旅を敢行した。それなのに、戦争に負けたからというだけで、日本人の誇りを捨てた外務省の小役人は、辛苦を労いもせず「復命に及ばず」と。かえってアメリカの占領軍のほうが、木村さんの旅の価値と特異な能力を認めて仕事をオファーした。ふつうの人としてのふつうのリアクションだと思う。

西川さんは、木村さんの描写によると、国から委託された密偵業務よりも、自分の好奇心とか興味を優先させたようなところがある。だから帰国して、記録を書いて、公的機関とはかかわらず、日用品の卸問屋で暮らした。「新世界紀行」のガイドをしてくれないかというテレビ局のオファーを受けたとき、「いちど行ったところに行っても面白くない」と断ったとか。これは普通の人ではない。隠遁した修行僧とか、仙人のレベルだ。

どちらもめちゃカッコええ生きかただと思う。我輩の恩師の長田夏樹先生は、木村さんや西川さんと同時代の人。東京外大で蒙古語を学んで、満鉄の関連会社の西北交通で働き、敗戦になって人民解放軍に合流して通訳となり、国民党に捕まって日本人であることがバレ、強制送還されて帰国し、神戸外大で中国語の先生になった。長田先生の生きかたも、めっちゃおもろい。

木村さんは1989年没。西川さんは2008年没。長田先生は2010年没。長田先生の謦咳に触れたのに、その世代の人たちほどダイナミックでおもろい社会人生活を送ったわけではない。「自分を低いところに置くことができるなら、どのようにしても生きていけるものです」と、西川さんは沢木耕太郎に語った。我輩はバグダッドでも、マレーシアでもインドネシアでも、パキスタンでも、運転手を雇って高速移動した。自分を低いところに置いた経験は、ニューヨークのチャイナタウンで中国語を話して犬以下の扱いを受けたこと、マレーシアで中華系と思われてやはり犬以下の扱いを受けたこと、そしてパキスタンのイスラマバードの市場で、パシリのおっさんとして扱われたこと。そんなけだ。でもイスラマの市場の縁石で、パシリのおっさんたちの隣に座って風に吹かれたときに悟った。そうだ、俺がやりたかったのはこれだ。ふつうのおっさんたちと同じ場所で、同じ目線で同じ風景を見て、同じ風を感じること。

長田先生が伝えたかったのは、その経験の面白さだったんじゃないか。

 

2025年5月1日木曜日

Josh Smith というブルース・ギタリスト

https://www.youtube.com/watch?v=OXELtF_mfCA

 まだ若いのに、このリラックス感。そういえば、コーネル・デュプリーが What would I do without youを出したときも20代だったかもしれない。

 https://www.youtube.com/watch?v=HySJBf-WBAU 


2025年4月29日火曜日

機械仕掛けの愛 業田良家

いままでで泣けた映画がふたつある。「この世界の片隅に」がひとつ。もうひとつは、「自虐の詩」・・・たしか、家族でネパールかどこかに行く飛行機の中で見て泣いた。何が我輩の琴線に触れたのかわからんが、原作者が業田良家。

標題のマンガ。第1話を読んでグッときたので、しばらく放置していたら月子が先に読んだ。「グッとくるのと、ホラーが交互にくるで。」というコメント。 続きも注文した。

2025年4月27日日曜日

アラン・ジャン・マリーというクレオールのピアニスト

最初に知ったのは、ビル・エバンス作曲のインタープレイ。キース・エマーソンが展覧会の絵のブルース・バリエーションで弾いていたのを、我輩は何十年も知らずにいた。それを知ったのがこの人と、ディエゴ・インベール(インベルト?)というベーシストのアルバム。このピアニストの名前で追っかけていると行き着いたのが、クレオール・プロムナードというソロピアノのアルバム。

https://www.youtube.com/watch?v=WlLrfqkvLLY&list=PLoz6oUc6nDFWfA5wgjAJeKFkFJzvhMrmR

明るくてもの哀しいという、ほとんどの日本人(たぶん)がグッとくる音楽が詰まってます。こちらの批評も、何を言っとるのかほとんどわからんけれど、推しの気持ちが伝わってきます。https://www.catfish-records.jp/product/30945

 


2025年4月24日木曜日

ギョクセル・バクタギルというカヌーン弾きの作曲家

https://www.youtube.com/watch?v=nfAGZ8fuvvg&list=PLzH6TJlPoWj7GgAIsOp1tnLhCs7KJJZ7-

 この人の名前だけだと、ほとんどライブか、他の人がカバーした曲しか出てこない。アップルミュージックで探し当てたのがこのアルバム。

ところでこないだ、月子の部屋でそこにあったエレキギターを触って驚いた。ギターにさわるのが久しぶりだったので、フレットとフレットの間隔の広さに驚いた。自分の頭で鳴ってる音が出せない。頭で鳴っている音が、楽器にひきずられて矯正される。うわっ。これはたまらん。

トルコとか環地中海音楽、いわゆるアラビア音楽に触れると、最初は違和感ありまくりで、気色悪くてきもちよかった。たくさんたくさん聴いていると、微分音がふつうになる。そうなると、楽器はフレットレスでないといけない。

12音階の世界でも、マイナー音階がたくさんあるのに、メジャーはほぼひとつしかない。 微分音階になると、いわゆるマイナーの世界がもっと広がる。マカームとかになると、2オクターブでひとつのマカームというのもありで、多様性は目がくらむくらいだ。

とはいいながら、スティーブ・ガッドも聴いてるけど。

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった 金原瑞人 ポプラ文庫

タイトルに惹かれてブッコフで注文したら、新品がディスカウントでやってきた。金原先生も70歳になるので、取り置き在庫を放出したのかな。

内容は、ブックオタクそのもの。金原先生の名前も知らなかったし、本に出てくる人の名前も、レイ・ブラッドベリ以外は知らない。 そのレイ・ブラッドベリも、我輩はまともに読んだことがない。

本をたくさん読むのはいいことだ。

通訳をしていると、神の瞬間がある。神の瞬間は、通訳なら、たぶん誰にでもある。神の瞬間とは、つぎに誰が何を言うかわかるし、話がどういうふうに展開するか読める。そしてセッションが、だいたいその通りに終わる。つぎに誰が何を言うか読めるので、こんな楽な通訳はない。

言語を超えて、人間の文脈は共通している。本をたくさん読んでいると、人間のつむぐストーリーに共通した文脈みたいなんもが、なんとなく入ってくる。神の瞬間というのは、そういうことであって、不思議でもなんでもない。

その文脈をとんでもなく裏切ってくれるのが、「やし酒飲み」みたいなアフリカのストーリーだ。ぶっとんでいるからこそ、やし酒飲みが評価される。本をたくさん読んだ人の考える文脈、ふつうの人間が考えるストーリー展開からおおいにはずれているところが、すばらしい所以だ。

「翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった」というタイトルにひっかけられたが、その謎は本文の2ページめでタネあかしされる。はやすぎる。タネあかしというより、そのまんまだ。でもこの本には、それ以外にキャッチーな内容があんまりない。この本を売ろうと考える編集者なら、その題にするに違いない。

前述のように金原先生はもう70歳を超えている。この本は過去30年くらいにあちこちで書かれたものが集められているので、本の中で先生は50歳くらいだったりする。ヤングアダルトノベラーにはいい本かもしれない。

2025年4月19日土曜日

Bilal Karamanというギタリスト

https://www.youtube.com/watch?v=IV3HhW0bVeY

 この人たちは、まえに紹介したKamil Erdemもそうだが、いろんなスタイルに対応できる芸達者が揃っている。カリプソみたいな曲も、ジャズも、ジプシー風も、フラメンコも、ブルースも。

料理人で言えば、和洋中エスニックに対応できるようなもんだ。基本的な音楽の訓練がちゃんとしているに違いない。

トルコと日本のミュージシャンは似てると思う。雅楽の人がレッド・ゼッペリンをやってたりする。いろんなスタイルを吸収して、対応して、そのなかで個性を出している。

 

音律と音階の科学 小方厚 ブルーバックス

23版も出てている。楽譜で書いてあるので読み飛ばしたら1時間で読み終わった。何が書いてあるかだいたいわかったけれど、あんまりおもしろくなかった。アラブ音楽のマカームを近代的な観点からわかるかなと期待したのだが、マカームの情報はほとんどなかった。