2021年4月4日日曜日

スパイのためのハンドブック ウォルフガング・ロッツ ハヤカワ・ノンフィクション文庫

 2020年10月17日

さいきんのブッコフでは、ブッコフオンラインで見つけた古書を、送料無料で最寄のブッコフ店に届けてくれる。塩尻でみかけた本を、タイトルもうろ覚えだったのだけれど、オンラインでそれらしいのを見つけた。茅野の店で受け取ったら違う本だった。それがこれ。

オンラインだと大きさとか分厚さがわからないし、ブッコフでは内容と価格にまったく関連性がない。そこが困りもの。

著者はモサドに多大な貢献をした元スパイ。内容はリクルート、訓練、監獄暮らし、退職後までのガイドブック。

スパイの暮らしをわかりやすく、たとえばスパイの階級と適性なんて書いてある。

下級は密告屋とか監視係。上級は大使館で秘書が集めた新聞記事を見たり、いろんな人に会って得た情報をレポートにする、佐藤優(過去形)みたいな人。中級がおそらく著者みたいに、偽装して仮想敵地で暮らす人。2重スパイがあちこちにいることを考えると、みな愛国心とか正義感とか忠誠心で働いているのではなくて、結局そういう仕事というだけで、問題はおカネなのだろうな。

著者はドイツ語で育ったユダヤ人。英語からの翻訳なのだろうけれど、訳文も硬め。面白いといえば面白いけれど、べつに読まなくてもよかった。


軍人の語るナゴルノ・カラバフ

2020年10月15日

ウェストポイント士官学校で歴史を教えるダニー・シュルセンがナゴルノ・カラバフについて語っている。

ぱりぱりのアメリカ英語なので聞き取りにくいかもしれないけれど、なぁにそのうち馴れる。

https://www.youtube.com/watch?v=jxvfCNVFiCg&feature=emb_logo

とても興味深かったのは、2016〜2018年の期間、アメリカ軍のあちこちの大隊でこんな想定で訓練が行われていたのだとか。(40分経過あたりから)

<予備知識>

アゼリ人はイランの総人口の24%を占める最大の少数民族。

<シナリオ>

アゼルバイジャンと国境を接するイラン北部地域がホルスタン共和国の独立を宣言し、タンク軍団が越境してアゼルバイジャンの油田をめざす。(もちろんホルスタン共和国というのは仮説のなかのダミー:ほんとうはイラン軍のこと)

セヴァストポリ港から派遣された国連軍(=アメリカ軍)はアゼルバイジャン国境で待機する。そこで補給線を確保するのが課題。

・・・ダニー・シュルセンは軍人ゆえにantiwar.comを主催していて、しかし「軍人としてどのあたりでこの戦争はやめたほうがいいと考え始めるのか?」という問いに対し、「補給線が延びすぎて、第1陣が惨敗したあと打つ手がなくなることが予測された時」と答えている。それまでは政治とか外交官の仕事だと考えているようだ。それはそれで現実的な判断だと思う。

いずれにせよ素人の我々によくわかるように解説してくれるのはとてもありがたい。

長い旅の記録 わがラーゲリの20年 寺島儀蔵 日本経済新聞社

2020年10月12日

米原万里さんの本を読んでいてその存在を知った。大東亜戦争前の日本で共産主義者として何年も投獄され、監視役の刑事が柔道大会に出かけた隙にソ連に越境亡命。すこしのあいだだけ客分扱いだったけれど、ある日逮捕され、こんどは反共産主義者ということで死刑宣告。25年に減刑されてラーゲリで強制労働。スターリンとベリアが死んでようやく釈放。日本語を忘れないためにこつこつ書きためたメモを日経新聞が出版した。

いろいろたくさんのことを考えさせられた。

興味深かったのは、死刑判決を受けたギゾーさんが、日本人として恥ずかしくない死に方をしようと決意すること。1909年、明治生まれの日本人の生死観というか、その時代のカルチャーなのだと思う。

獄中で知り合った人たちは多くが政治犯で、筋金入りの共産党員だったり社会的地位があったり、知的レベルの高い人がいて、「ギゾー、きみのロシア語はとてもひどい。想像力をたくましくしないと何がいいたいのかわからない。私が文法を教えてあげよう」と、元大学教授みたいな人に教わったのだとか。ロシア語は格とかややこしくて厳格だけど、それさえしっかりしていたら語順はかなりゆるやかなのだ、と月子が言っていた。格がめちゃめちゃだと「想像力をたくましくしないと何がいいたいのかわからない」ということになるのだな。

スターリンが死に、ベリアが失脚して皆が釈放の希望をもっていたとき、ギゾーさんは冷静に分析する。無実の人間を大量に逮捕してラーゲリに送り、炭鉱や鉄道や港湾建設で働かせる、これがソヴィエト流の資本の原始的蓄積過程なのだ。知識も経験もある政治犯をみな釈放すればラーゲリが、ひいてはソ連の社会経済基盤が崩壊する。それはスターリンであっても誰であっても同じなのだ、と。じっさいソヴィエトロシアはそうして極北のツンドラ地帯に街をつくりあげてきたのだ。

ロシアに関わる人であれば(我輩は関わらないと思うけれど)読んでおくべき本だと思う。


心臓に毛が生えている理由 米原万里 角川学芸出版

2020年10月1日

短いエッセイ集。寝る前に読んでいたら、あっというまに読了した。

「理由には理由がある」という項にこんなことが書いてある。

「意外にも、かつてロシアに支配された小国の人々は、ロシア人に対しては好意的なのだ。」

17年間、強制収容所をたらいまわしにされて、それでも生き残った寺島儀蔵が回想記のなかで、「囚人、看守いずれも多種多様な民族構成なのだが、ロシア人だけはいっさい民族差別しない」と感心しているらしい。

「別な本でロシアは異教徒のトルコ系民族を支配するのに、自分たちと同じ正教会のアルメニア人に任せていたという記述にめぐりあった。」

「直に支配を履行する彼ら(アルメニア人)は本来ロシアが買うべき恨みをぜんぶ引き受けさせられていたのか。」

・・・今回の戦争でもロシアは全面iに出るような動きはしないということだな。

ユーラシアの東西 杉山正明 日本経済新聞出版社者

 2020年9月30日

このおっちゃんの本を読むと、元気がでるし、いろいろと刺激を受ける。極端な物言いがおもしろい。たとえば「アケメネス朝のダリウス1世」というユーロセントリックな呼びかたじゃなくて「ハカーマニシュ帝国のダーラーヤワウ1世」にしましょうや、なんてね。おっちゃんは西欧派に喧嘩を売りつつ、日本の若い人たちに発破をかけている。

アヘン戦争をきっかけに欧州列強が清国を虫食い状態にしていたころ、じつは中国じしんがモンゴルに対して植民地政策をすすめていた。漢人入植者に食いものにされていたモンゴル人に「そんなことじゃいかんだろう?日本と手を組んで中国をやっつけようぜ」とアプローチしたのが日本。日本は満州を足がかりに中国を食い荒らそうとしていた。そのころにつくられた西北研究所とか、満蒙文化研究所とか、蒙古善隣協会とか、興亜義塾みたいなのも含め官民にわたるいろんな団体で、モンゴルのことを真剣に考える若い人たちが育った。それがのちの京都学派を形成する。その流れに杉山さんがいて、楊海英さんみたいな若手を輩出している。日本帝国のスケベー心から生みおとされた後裔が、モンゴル研究で日本を世界一にしたのだ。

こんなことを考えた。

こんど人間に生まれるとき、やっぱり日本人がいいな。漢字文化圏だけど中国じゃないから。そして若いうちにペルシア語とトルコ語とアラビア語を勉強して、ついでに中国語とかロシア語とかモンゴル語も学べる、そんな外大になってたらいいな。そいでアフガンからマシュハド、ヤズド、エスファハン、テヘランからナジャフ、カルバラ、バグダッド、そしてダマスカス、イスタンブールのあたりで何年か働いたり暮らしたりしたいものだ。そしてたまにチュニスに足をのばしてワインを飲むんだ。

1979年にソ連がアフガン侵攻したのがなぜなのかわからなかったけれど、この本を読んで、その1年前のイラン革命がアフガンを通ってカザフ、キルギス、ウズベク、タジク、トルクメニスタンに波及するのをモスクワが恐れたからと知った。


上を向いてアルコール 小田嶋隆 ミシマ社

2020年9月28日

軽妙な語り口で陰惨な内容が語られる。

吾妻ひでおのアル中日記も読んだけれど、吾妻ひでおには自己分析がなくて、オダジマには自己分析がある。その切り口が興味深い。

名言を列挙しよう。こんなにたくさん付箋がついた本はめずらしい。

・酒飲みのなかには、概ねまともなんだけれど、このポイントだけはこだわりが強すぎるっていう人がいる。

・オール・オア・ナッシングの「白か黒か」に触れがちな人間に酒を渡すと、穏やかな飲みかたができないということは間違いなくある。

・音楽を聴くとか小説を読むとかっていうことを全部酒とセットにしてたから、酒なしで聴くとつまらない。

・アル中末期のころには、ほとんど時代小説ばかり読んでいた。サムライの生き方とかセリフと酒のリズムがあっていたのか。

・飲むリズムで(野球を)観ることが身体化していた。野球の試合ってダラダラ続くから、飲みながら観るのにちょうどよかったのかもしれない。サッカー場で飲んでるやつって全然いない。

・たとえばの話、私の人生に4つの部屋がある。二部屋くらいは酒の置いてある部屋だったわけで、そこに入らないことにした。だから(残りの)二部屋で暮らしているような感じで、ある種人生が狭くなった。4LDKのなかの二部屋で暮らしているような、独特の寂しさみたいなものがある。

・(大酒飲みのN社のS社長から)「せっかく私と会っているのに飲まないなんて失礼ですよ」と。「失礼」とまで言われた。

・「私は酔っ払いです」というポジションの楽さというのは、周囲から「あの人は酒入っちゃうとアレなヒトだから」という扱いになっていることの心地よさ。

・アルコールは、本来ならたいして面白くもない人間関係を演劇化するわけです。恋愛でもビジネスでもあるいは夫婦喧嘩みたいな犬も喰わないやりとりにおいてさえ。

・整理できないいろいろなことを考えたときに、「いつかアメリカにいってやる」「いつか死んじゃう」と考えてトラブルなり面倒ごとを先送りできれば、とりあえず成功ではある。その手が使えなくなったときに、当面の思考停止のためのスイッチとして、とりあえずアルコールのほうに抜け穴をつくりにかかる。

・飲酒という文化的な営為から、アルコールを摂取する以外の意味を剥ぎ取っていくころが、すなわちひとりの人間がアル中として完成する過程でもある。

・人が酒を飲む理由としては、他にやることがないから、というのが意外なほど支配的だったりします。アルコールを媒介に手に入るものがはいわけではありません。しかしそれらはいずれ揮発します。なくなるだけなら良いのですが、多くの場合喪失感を残していきます。で、それがまた次に飲む理由になったりします。


中国と私 オーウェン・ラティモア みすず書房

2020年9月26日

司馬遼太郎の街道をゆくシリーズの「中国 蜀と雲南のみち」にいわく、四川に向かう飛行機でオーウェン・ラティモアらしき西洋人と乗りあわせたとある。そのフライトは1981年のことなので、もしラティモア教授だったとしたら81歳である。おそらく違うのではないかいな。

さてこの本、とてもおもしろく読ませてもらった。感想がいろいろあるので、箇条書きにしておく。

1. 国際関係がいろんな人で動いていた時代を感じさせる。いっぽう昨今の我が国の外交は、安倍ぴょんの顔と口が大きくなるばかり。総理が外遊して大きな口で大きな金額の援助を発表する。金額が大きいのでほとんどは有償資金供与(ローン)になる。金額に従って総理の顔も大きくなるが、地道な技術移転と違って、マネーによる援助はすぐに忘れられてしまう。在外事務所は定期的にそれを思い出させ、返済計画を調整することで疲弊する。いっぽうで100年後に役立つ青年海外協力隊の予算は削られるいっぽうだ。

2. ラティモアさんの辺境愛とかモンゴル愛が伝わってくる。ノリとしては高野秀行さんやさかなクンに近いものがある。蒋介石の顧問という大仕事がなかったら、知る人ぞ知るちょっと変わった人というだけのスタンスだったかもしれない。

3. 中国共産党が国民党に勝ったのは、説得の達人といわれる周恩来が各地のゴロツキ軍閥とうまく話をつけた=中共はゴロツキ組合だとばかり思っていた。ラティモアさんによると、蒋介石の軍隊そのものに負ける原因があったと。つまり、将校が地主のボンボンぞろいで、農民=兵隊は中国語を話す牛馬ていどにしか考えていなかった。だから共産党は農民を人間扱いして組織するだけで、武器装備と兵隊がそのまんま革命軍になった。共産党は共産党員をなぶり殺したゴロツキ軍閥に対し、革命に賛同したら過去は問わないと言った。そしたらみんな寝返った、ということである。

4. 現場を見ることは大切だなあとつくづく思う。ラティモアさんもエレノアさんも感受性に富んでいたのだろう。昭和天皇がいちどでも中国のでっかさに触れることがあったら、アホ軍部の暴走を止めることができたかもしれない・・・いや、見たとしても感受性がなかったらダメだろうな。旅するなら若いときがいい。

余談だが、ロシア製のドキュメンタリーで、昭和天皇はそもそも化学者で、731部隊を組織したのも昭和天皇じきじきであったと語られていた。敗戦後の昭和天皇は植物学者になったのだが、化学者だったという前歴をそれで上塗りしたという意図的な情報操作であったということになる。

5. ラティモアさんはリーズ大学の中国学部をつくった。その最初の卒業生は全員アフリカ人だったと、(たしか)岩波新書の「中国」の解説に書いてあった。欧米は中国のアフリカ援助について、自分らの庭を荒らしていると非難するけれど、どっちかというと中国はアフリカに請われて出ていったんではなかろうか。一帯一路を見ていても、住宅ローンなみの金利で有償資金供与をするなど恨まれるようなことをしている。中国は対外援助なんて、どうやっていいのかいまだにわからないんじゃないだろうか。