2021年4月4日日曜日

こんとあき 林明子 とんとんとめてくださいな こいでたん こいでやすこ 福音館書店

2020年9月23日

こんとあき 林明子 福音館書店

とんとんとめてくださいな こいでたん こいでやすこ 福音館書店

ぐりとぐらのおきゃくさま なかがわりえこ やまなしゆりこ 福音館書店

娘たちがずっとちいさかったとき、えほんの読み聞かせは我輩の楽しみだった。

「うちの子はこんなふうに感じているにちがいない」

という思いこみを、読み聞かせを通じて修正することができる。

たとえば、電車のドアにしっぽをはさまれてしまったこんのことを、

「かわいそうだな、でも電車に乗れてよかったな」

と感じるかもしれないし、あるいは

「長い行列ができてるのにお弁当を買いに行ってんから、しょうがないやん」

と感じるかもしれない。

読み聞かせは物理的な距離が近いので、その感じかたがぐいぐい伝わってくる。

そこで自分の思い込みが当たっていたのかどうか、考えるきっかけになる。

「しょうがないやん」と感じているなら、学校とか、どっかでストレスを感じているのかな?

かといって、いつも当たりばかりではない。

とんとんとめてくださいな、を演出たっぷりに読むのも定番だった。

ずいぶん大きくなって聞いてみると、真剣に怖かったのだという。

きゃーきゃー喜んでいたとおもっていたのだが、ぜんぜんちゃうやん。

それでも読み聞かせは楽しかった。ぐりはせっかちで早口、ぐらは超おっとりで

「ずー いぶん、 とぉー く まで きた よう なぁ きがする な ぁ。」

というふうに、キャラクターを使いわけていた。

歯医者の待合室で「絵本のある子育て」というパンフレットを見ていて、そんなことを思い出した。


いっとかなあかん神戸 江弘毅 株式会社140B

 2020年9月22日

神戸は1995年の阪神大震災で大きな被害を受けたので、あとがき代わりの「K氏との対談」では「もう20年以上経ちますが、いっとかなあかんかった店はリアルに覚えてます。悔しいですね。」とある。この本は通途のグルメガイドなどではなく、店と料理を通じて神戸(とその周辺)のコミュニティー像が語られている。

筆者と我輩は同年代で、おまけに通った大学も近所。だから半分がたの店の名前は知っているし、なかには二宮の泰南(二文字とも草かんむりつき)みたいにしょっちゅう行った店もある。神戸でずっと仕事をしてきた筆者による描写は、学校を出てからほとんど神戸に帰らなかった我輩にとって、その後どうなったのかを教えてくれると同時に、青春時代を回顧させてくれる貴重な物語だ。

六甲道に贅六(ぜえろく)という飲み屋があった。なんでか知らんが神戸外大の野球部が代々アルバイトをすることになっていて、中国研究会のコンパもたいていそこでやっていた。震災のあとに訪ねたらサラ地になっていた。震災でそうなったのか、あるいは大将とこが男所帯でいろいろ大変だったのでそうなったのか・・・呆然と佇んだことを思い出した。

トルキスタンの再会 エリノア・ラティモア 東洋文庫

 2020年9月15日

金沢の文学堂で購入。夫君のオーウェンとの新婚旅行で、1920年ごろ北京〜新彊〜トルキスタン〜ラダックまで旅した記録。

オーウェン・ラティモア教授は1900年生まれ、エレノアさんは5歳上の1895年生まれ。この時代のアメリカには開かれた人がいたんだなあと思う。

ガイドや荷運人など道中世話になるいろんな人々について信頼できる人物かどうか見極めようとしつつ、それでも騙されていたことを後になって知ったり、しかしそんなインタラクションを体験できることを楽しみ、それ以上に自然のつくりだす素晴らしい風景に感動している。

「私はこの旅でこんなに汚いみずぼらしい不愉快な目に遭いながら、けっこうそれを楽しんでいるという奇妙な気分を味わってきました。あまりものすごいのでかえって滑稽なのです。それはそれなりに、愉快この上なしなのです。こんなひどい所でもこんなに楽しく過ごせるんだと思うと、それが好きなんです。なぜ愉快なのかというと、ここでは万事がありのままで人間らしいからなんです。」

ロシア革命から間もない時期、中国も内戦状態に入りつつあるという混迷した情勢のなかで、オーウェン氏は隊商にくっついてモンゴル経由で、エリノアさんはハルピンから「より安全な」シベリア鉄道でそれぞれ新疆に向かい、チュグチャクという街でランデヴーし、そこからインダス河畔のラダックに出るという新婚旅行である。

ゆえにタイトルが「トルキスタンの再会」なのである。

板垣雄三「アヤソフィアの変遷が意味すること」

2020年9月13日

信州イスラム勉強会 板垣雄三先生の「アヤソフィアの変遷が意味すること」

http://muslimworld.naganoblog.jp

さらっと読める内容ではないけれど、とても面白い。

とくに新鮮だったのは、

1. 7万7千人逮捕、16万人解雇といわれる空前のクーデターであるエルゲネコン事件に至る経緯がよくわかった

2. エルドアンはたんなるポピュリストの独裁者だと思っていたのだが、彼の人気を支える底流の存在と、有能な人たちを登用した経緯があったことを知った。

3. その有能な人たちのなかに、中間介在地域という文明モデルを提唱したギリシア人地政学者ディミトリ・キツィキスの弟子筋の人がいたこと。

・・・などなど。

アラブ音楽のなかでもトルコ音楽はとくにおもしろくユニークだと思い、集中的に聞いていたところだった。トルコはおもしろい。

史書を読む 坂本太郎 中公文庫

 2020年9月4日

金沢の古本屋で、あんまり時間の余裕がないときに買った。司馬遷の「史記を読む」のかと思ったら「史書を読む」だった。慌てもん。

ま、買ってしまったものはしかたがないので、寝る前とかにぼちぼち読んでいる。

内容は、風土記とか大鏡とか平家物語とか太平記とか、高校の勉強で名前だけ知っているような我が国の書物について、1901年生まれの坂本太郎さんがネタを披露している。愚管抄みたいに「これは自分らの一族の権勢を保持するために書いたのである」なんておおまか(すぎるくらい)な解説つきのときもあれば、小ネタ披露に終始している項目もある。鏡シリーズ(大鏡、増鏡、水鏡)の項を読むと、天皇はじめ公家というのはオネエの集団だったのかと思わされる。

受験勉強でタイトルだけは憶えたけれど、読んだこともなければ内容もしらない。日本文学のはずだけれど、外人に問われても解説のしようがない、はっきりいって一生読まないだろう、なーんて本についてちょっとづつ知ることができる。

日本は小さな国で歴史もお隣さんにくらべてそんなに長くないけれど、焚書坑儒なんてなかっただけに、古いものがそこそこ残っているのはありがたいと思うべきなんだろう。大東亜戦争で京都が空爆されてたら、国文学者なんて大量失業だったんだろう、なんて考えた。


巡礼紀行 徳富健次郎 中公文庫

2020年8月20日

金沢にはブッコフじゃない古本屋が何件もある。その1件でみつけたのが徳富<蘆花>健次郎の巡礼紀行。

「ふとキリストの足跡を聖地に踏みてみたく、かつトルストイ翁の顔見たくなり」準備もそこそこに出かけたという徳富先生。

インド洋経由、エジプトからエルサレム、ジェリコ谷から死海へと見物。そして、とあるドブ川で馬車が止まったらそれがヨルダン川。

「がちょーん。この汚水でジーザスが洗礼を受けたんかい?」

と蘆花先生は考える。<ちょっと違うんじゃないか>感が満載である。しかるに同行の宣教師は歓喜して裸で汚水に飛び込んでいる。

<いかんいかん。俺は信心が足りないんだ。>

と考える、このあたりが信仰と奴隷根性の境界線だ。

汚いドブ川を聖地と思えないとき、それは信心が足りないのか?人生が思うようにいかないとき、世間じゃなくて君が悪いのか?百度参りを99回でやめたら不幸がやってくるのか?

聖地がドブ川だったならまだしも、だいたいにおいて、百万遍とか、八十八か所参りとか、F票獲得数とか、数値化されきたらそれこそ要注意だ。

当時トルコ帝国の版図だったエルサレムはとても汚いところだったらしく、蘆花先生は

「こんなとこ、クソガキ乞食人民もろとも燃やしてしまえ。」

と毒を吐きつつ、同時に

「神の愛をもって世界を覆え。」という。

十字軍がやったことと同じことをプロテスタントの蘆花先生が考えてる。

そういえば植民地侵略者とイエズス会ってWIN-WINの関係の最たるもんだ。なーんて考えつつ読み進むと、蘆花先生は緑のガラリヤにやってきて救われたらしくベタ誉めである。そんなガラリアから煉獄のエルサレムにきて死刑にされたジーザス修造は、熱いやつだったにちがいない。マイケル・ハドソン先生の

...and forgive them their debts: Lending, Foreclosure and Redemption From Bronze Age Finance to the Jubilee Year 

という長い題名の本の表紙には、高利貸しをボコるジーザスが描かれている。そりゃこんなことをしてたら恨みを買うわ。

汚いエルサレムも野犬だらけのコンスタンチノープルも、トルコ帝国はおおむね不潔だと蘆花先生は結論し、ロシアに向かう。いきなり訪ねてきた蘆花先生はトルストイ一家に歓待され、いっしょに水浴や食事や散歩を楽しむ。地主階級のトルストイは、その信条からして、もてる資産財産を困った元農奴たちにぽんぽんくれてやろうとしたため、禁治産者にされてしまった。なんでか知らんが、そのトルストイに怒ったりしている。蘆花先生の文脈はよくわからないが、おおむねトルストイに癒され、シベリア鉄道に揺られて浦塩経由で帰ってきた先生であった。おかえりなさい。


在中日本人108人の それでも私たちが中国に住む理由 阪急コミュニケーションズ

 2020年8月13日

前半に出てくるのは、董事長やら総経理やら代表やらというエラい人たちがおもなので、あんまりおもしろくない。北京の胡同在住の翻訳家・多田麻美さんの文章はとてもよかったけど、反日デモのときどうだったのかという括りなので前のほうに出たのだろう。真ん中へんのビジネス関係のはいよいよ、まったく面白くない。

後半にはいって、ミュージシャンや俳優やアーチストなど登場し、俄然おもしろくなる。そりゃそうだ。周りの人たちとおんなじ地面に座っておんなじ風景を見ているのだから。

特に印象に残ったのが、中国から撤退しようとしている建築家の松原弘典さん。

「私はみなさんにこう聞いてみたい。『本当に中国でビジネスして今でも楽しめてますか?』と。私の自問はもやはノーで、これは一時的というよりは、徐々にこうした傾向、すなわち中国が世界的な均質化の波にのまれていく流れは進行すると思う」

「私はやはり中国の、ヘンなところ、日本と違うところに惹かれ続けてきたのだけれど、それがだいぶ減って冷めちゃったのだろう。」

こないだ大阪の鶴浜のイケアにいたとき、自分が新三郷にいるのか、それともクアラルンプールにいるのかわからなくなった。ラクサ喰いたい。カップヌードルはシンガポールラクサ味をもう出さないのか?

松本のイーオンにいると、バンコクなのかジャカルタなのかわからなくなる。いやいや、バンコクのコスメ売り場はきれいなオカマちゃんにコロンを噴霧されるぞ。バンコクに丸亀はあるかもしれないけれど、小木曽製粉はないはずだ。

日本各地の気温が熱帯以上に上昇する昨今である。気候変動こそグローバルなのだな。