2024年7月14日日曜日
十字軍物語(4) 塩野七生 新潮文庫
2024年7月11日木曜日
2024年7月4日木曜日
十字軍物語をネタにして言いたいことを言う その3
マイケル・ハドソン先生によると、ジーザス・クライストは過激だった。借りた金を返さないでいいという運動をはじめた。ユダヤ人でありながらユダヤ社会の慣習に叛逆したので、ついに殺された。
弟子といわれるジョン(ヨハネ)とかポール(パウロ)になって、そのへんがマイルドになったんじゃないか。西暦313年にキリスト教がローマ帝国の国教になった。つまり、借金返さなくていいという過激な教えを捨てて、愛の宗教なんていう訳のわからない教えに変身しちゃった。
ある西洋人がどっかで言ってたこと。「仏教っていうのは宗教っていうより哲学なんだよね」と云々。それを見たとき、西欧人との宗教観の違いみたいなもんを感じた。
生まれたときからイスラム教徒とかキリスト教徒とか、しかもその教えが「神があんたを作ったんだよ」とか「マリアさんバージンでした」とか「死んだ人がよみがえることもあるんだよね」みたいな非科学的不条理満載なのを信じろと強制されて育ったなんて、そんな特殊な環境の人が言うことはそもそもわからん。
そんな人たちが、「仏教って宗教っていうより哲学だよね」というとき、いったいどんな文脈で何を言うとるねん?というのを想像するのすら面倒臭い。
だいたい西欧は面倒くさい。理屈たらルールたら原理原則たら、面倒くさい。そうじゃありませんか?挙げ句の果てに、自分らが負けそうになったら、負ける前にルールを変えてしまう。おいおい。
哲学と宗教の違いというのは、誰も見たことのない絶対神が人間はじめ猿とか猪とか蛙とかカメムシを作ったという不条理は別にして、世俗権力との関わりがどうだったかということじゃないかと思う。
法華経だけ眺めてみても、ある時は「このお経を信じたら、今世は安穏で来世はいい暮らしができる」と説いているところもあれば、「このお経を末法の世で広めようとしたら、必ず大変な目に遭いまっせ」と説いているところもある。矛盾してるやん。どっちやねん?と思いませんか?
それはね、我輩は考えた。それはね、法華経みたいなそもそも論を説きはじめると、必ず世俗権力との衝突が生じる。とくに信じる人の人数が多くなると、世俗権力は絶対ほっておかない。だから大変な目に遭う。しかしそれがなければ、宗教として、組織として成立しない。ある程度の人数が集まって組織として成立しないと、「ある人いわく」みたいな哲学レベルのまんまで、衆生を救うことができない。そういうことじゃないか。
キリスト教はある時点で、世俗権力に迎合して、いい暮らしをするために根幹の教義を変えてしまった。だからローマ帝国の国教になれたし、ローマ帝国が滅んだ後もカトリックという中世の欧州最大の地主として存続できた。とても特殊な宗教だ。
イスラム教も、最大派閥のスンニ派について言えば、戦争に勝ってイスラム帝国が地中海周辺に広まった。そもそもの成り立ちから、宗教的権威と世俗権力が一体化していた。
だから面白いのはイランのシーアなんだ。歴代イマームをスンニがつぎつぎと毒殺、幽閉、暗殺した。13人めは(イランの13イマーム派によると)ついに暗殺を逃れて隠れてしまった。いつか世に出るぞ、と。世俗権力との対立こそが宗教の宗教たる所以だ。
そういう西のほうの特殊な宗教でなくて、東のほうの普通の宗教観でいうと、法華経の言うように世俗権力との衝突がいつかやってきて、大変な目に遭うぞ、と。
2024年7月3日水曜日
十字軍物語 塩野七生 新潮文庫のつづき
標記の本で、トレドのレコンキスタについてはたったの1ページしかない。我輩が知りたい12音階の政治的動機について、トレドはかなり大きな地位を占める。500年くらいのあいだ、ここで発見されたアラビア語文献をユダヤ人に読ませ、ユダヤ人はそれをラテン語の音声に翻訳し、スペイン人がラテン語に書き留めた。そんな地味な苦労を重ねて、欧州人はギリシアとローマの科学哲学占星術化学を学んだという。
そんな経緯を塩尻和子先生がわかりやすい冊子にしてくれた。
https://www.shinshu-islam.com/sislamcivil.pdf
13ページめに興味深い記述がある。西欧の文化史では、4世紀から14世紀までの1000年間が空白になっているという。そのあいだギリシア・ローマの文化はイスラム世界で温存されていたのだが、西欧ではそれを隠して、自分らがギリシア・ローマの直系みたいに宣伝した。はじめのうちは本当のことを全部言うわけではござらん、みたいなノリでそれが周知のことだったのに、そのうち自分らで言いはじめたウソを自分らで信じるようになったみたいだ。
自分らが言い出したウソを自分らが信じるようになるのに、1年くらいあればじゅうぶん。それはウクライナ戦争に関するG7メディアを見ればわかる。
塩野七生さんの本は、人物がよく描かれていて、面白くて読み続けるうちに、年表的な事柄の繋がり、因果関係みたいなもんをすっかり忘れてしまう。それはそれで素晴らしいが、あとで「あれどこに書いてあったかいな?」と探すのが大変。
ユダヤ人についてはまた別の機会に。
十字軍物語 塩野七生 新潮文庫
あっち読みこっち読みした記憶がある。このたび兄貴がどーんとひとそろえ送ってくれたので、はじめから読みだした。
前々から西地中海の文化史をレビューしたいと思っていた。我輩なりにいくつかの主軸があって、ひとつはユダヤ人と西欧人の関わり。もうひとつは12音階。
「12音階」にいろんなキーワードをくっつけてググっても、欲しい情報が出てこない。ほとんどはピタゴラスがどーのこーのという理屈の話。音楽史の世界はそもそも12音階が出発点で、せいぜい純正律と平均律の違いとか。みんなそんなもんだと思っていて、誰も深く考えていない。
物理的な理屈から考えても、おかしいやん。弦を弾くと、真ん中が振動しないポイントになる場合もあれば、振動しないポイントが2つできる場合もある。オクターブを2分割して、それを2分割して、それを3分割したら12音階のできあがり。じゃあ、2分割して2分割して2分割したら、8分割。はじめっから3分割して、それを3分割したら・・・9分割。12音階と8音階と9音階を混在させて、気持ちいいスケールにしたら、地中海沿岸のセタールとかタンブールのフレット構成になる。
理屈上でいろんな可能性があって、じっさいに地中海の西とか南でそういう楽器があったのに、西欧ではなんで12音階が選ばれたのか。それのみならず、ウードにフレットをつけてリュートにしたり、かなり強引に12音階をおしつけてきた。平均律なんて、きれいに響かない和音が多いのに。かろうじて追放されなかったのはバイオリン属だけで、なんでバイオリン属だけがフレットレス楽器として西欧で生き残ったのかは、わからん。
我輩の仮説は、12音階を推進する政治的意図があったから。西欧全体でそれを推進できる力をもっていたのは、カトリック教会しかなかろうて。
2024年6月30日日曜日
日本ワインをつくる人々(1) 北海道のワイン
このシリーズは北海道から始まる。北海道のワインを作り上げた人々があんまりユニークなので、その人物に焦点をあてたワイン本を書こうとしたところ、「ワイン王国」の編集長から注文がついて、他の地域のことも書くのなら出版しましょう、ということだったらしい。
だからこの本が第1巻。長野県で暮らし、働いている我輩は(2)の長野県から読みはじめ、すぐ隣の山梨県を苦心して読み終わり、ついに北海道にやってきた。
いや、ほんとうに面白い。北海道、いいなあ。余市ワインと十勝ワインを飲もう。北海道に行くのはもう少し先のことになりそうだから、とりあえずワインを買って飲もう。
いちばん興味をそそられたのが蘭越町の松原農園。ここに行くか、通販でしか買えない。そんなに値段は高くない。箱買いすれば1本1600円くらい。(10年前の値段だけど。)
日本ワインをつくる人々(3) 山梨県のワイン
情報量がめっちゃ多いので読むのに時間と根気が必要。削るまえはこの1.5倍のボリュームだったらしい。情報量が多いのは、ワイナリーが多いから。ワイナリーが多いのは、歴史が長いから。
著者の山本浩さんは山梨のワイナリーとの付き合いが長く、知り合いも多く、光のあたる部分も影の部分もよく知っているという。それだけに知っていて書きにくいことや書けないことも多く、この本ではあえて光のあたるところを書いた、と後書きにある。
ここに紹介されているなかで、韮崎の山のほうに位置するワイナリーがある。そこに行ってみたくなった。ワインを飲みたくなる本です。