2023年7月22日土曜日

世界史とつなげて学ぶ中国全史 岡本隆司 東洋経済新報社

めっちゃためになった。我輩が受験生のときに、こんな本を出して欲しかった。

中国の歴史が、気候変動やら貨幣やらモノ(コメとか塩とかシルク)の流れに基づいて解釈される。目から鱗が落ちるというやつだ。

こんなふうに、高校生でも中国の歴史がスパッとわかる:

秦漢時代に「中華」という概念ができあがった。ただし中華はシルクロードの東端という位置づけで、世界史から独立していたわけではない。

五胡十六国から南北朝は寒冷化の影響を受けた戦乱の時代。

隋唐は異民族が中華を再統一した時代。

唐宋時代に温暖化で生産力が激増した。

元のとき、中華はモンゴル世界帝国に組み込まれ、世界に開かれた。

明の時代、官は引きこもりになったが、民は活発に活動した。この頃から南北格差より東西格差が大きくなった。

清の時代、明のシステムに乗っかりつつ開放化した。

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考察1。ロシア制裁というのは官の一方的な施策である。G7たらゆうて政府自民党と公明党がアメリカの言いなりになって、好き勝手放題している。一方で、天然ガスや食糧(穀物とか漁業)を真剣に考える民間は、ロシア制裁なんかないほうがいい。軍需なんていうアップダウンの激しい業界に参入したくないし。この官民の温度差、というより隔絶は、明の時代にそっくりだ。明の時代、官は鎖国・引きこもりが国是だった。いっぽう民間は密貿易とかやりたい放題。この頃から、人民はお上の施策を「それはさておき」と、対策を講じつつビジネスに励むという伝統ができた。税金なんて、ごまかしたもの勝ち。役人なんて賄賂でなんとでもなる。有能なやつは兵隊にならない・・・とか。官民が断絶すると、国の将来に暗雲がたちこめる。これ歴史の教訓。

考察2。一路一帯というのは、西方と直結することで中国国内の東西格差をなんとかしようというプロジェクトだ。このルートの先には穀倉とエネルギー地帯が広がっている。枝分かれして海洋にもアクセスできる。ロシアと仲良くしておいたら、枝分かれで北極海にも行ける。アメリカによる対露制裁と、アメリカにまったく賛同しないBRICS・・という昨今の国際情勢が、たまたま一路一帯に合致したんだな。




2023年7月5日水曜日

ニューエクスプレススペシャル 日本語の隣人たち 白水社

富士見町の図書館には白水社のニューエクスプレスシリーズがほぼ全部揃っている。公立図書館としては稀有だと思う。金曜日に借りてきたのがこの本。

隣人といっても、朝鮮語や中国語などメジャーなところは相手にされてない。それは別にあるから。この本で紹介されているのは、世界で一番寒いところのサハ語(ツングース系)、ハワイイ語(ポリネシア系)、台湾の先住民のセデック語(オーストロネシア系)、ブータンのゾンカ語(チベット系)、樺太アイヌ語、オイラートモンゴル語など。

超マイナー言語ばっかり。

そんなマイナー言語で学位をとる、ほんまのマニアというかオタクというか、変態(褒め言葉)がおるんやな・・という発見も面白い。

たしかこの本のどっかに書かれていたと思うフレーズがあった。それは、トルコ語と日本語は語順がほとんど同じだけれど、語彙はぜんぜん共通性がない。日本語をテュルク語族のアルタイ語系に分類したがる人がいるけれど、ちょっと無理があるんじゃん・・的な内容。

我輩の恩師、長田夏樹先生はまさにその、日本語はアルタイ語の端っこであるという学説を唱え、万葉集の音韻に母音調和が残されていたという研究をした人。不肖の弟子としてトルコ語をちょっとだけ齧った我輩は、トルコ語と日本語はぜんぜん違う系統の言語で、たまたま語順が似てただけ、と言いたい。

言語系統説というのは、印欧語族には適用できるかもしれないが、テュルク語族にそれは当てはまらないと思う。

さて、気を取り直して、またトルコ語に戻るか。



ニューエクスプレスプラス ペルシア語 浜畑裕子 白水社

 3度めの登場です。

毎朝の通勤電車でトルコ語を勉強している。そろそろ2年くらいになる。その前は、同じ通勤電車でペルシア語を3年間くらいやっていた。

トルコ語は文法の比率が重い。母音調和という法則があるので、同じ意味と用法でも見た目が異なる。理屈を知らないと、なんでそうなるのかわからない。「どうやったかいな?」「なんでそうなんねん?」とブツブツ言いつつ、例文と対比表を行ったり来たりしている。だから、なかなか先に進まない。ついに10課、ちょうど真ん中へんまで来て、息切れ。バケーションが必要だ。

それで、音が優しく懐かしいペルシア語に回帰。回帰して気がついた。ペルシア語は教科書の例文をほとんど丸暗記したけれど、文法にはまるで注意を払っていなかった。音と意味をなんとか覚えている例文をおさらいし、文法解説を読む。まるで初めて読むかのように、「おお。そーだったのか!」と新鮮に驚く我輩である。

トルコ語をいちおう終わったら、つぎはロシア語をやってみたい。トルコ語を早く終わらせないと、ロシア語に行けない。大変だ。



2023年7月3日月曜日

戦争とスタンプ 全9巻 速水螺旋人 講談社

 漫画である。とても面白い。月姫に貸し出してしまったので正確に引用できないが、名言がときどき、さりげなく置いてある。

「戦争っていうのは、勘違いと、忖度と、縁故と、コネと、たまたまの偶然ばっかりなんだ」みたいな。

舞台はたまたま、いまロシアとウクライナがどんぱちやっているところ。






ウクライナ戦争の200日 小泉悠 文春新書

小泉さんはディミトリー・トレーニンの著作とか翻訳している人なので、いろんな見方を提示してくれると期待していた。でもこの本を読んだら、単なるプロパガンダ要員だった。残念。ロシア語ができるし、奥さんもロシア人みたいなので期待したのだが、いわばCIAのロシア担当分析官が日本語を話しているようなもんだ。

なんでそうなっちゃったかは知らないが、おそらくワシントンDCとモスクワしか見てないんじゃないか。たとえばイスラマバードの市場で日本人と認識されず、ほぼ犬と同じレベルの扱いを受け、しかたがないので普通のおっさんらの隣の地面に座って、おっさんらとおんなじ目線で風景を見たり、風を感じたりしたりした。そんなめっちゃ楽しい思いをしたことがないのだろう。

それでも時々いいことを言っている。ロシアは資源があるし、技術も人もいるから、引きこもって、そこそこのものはなんでも自分らでできる。だから強い、みたいな。

そう、日本は資源がない。その日本が「西側」だったり、なぜか白人国ばっかりのG7に入っていたりすることが、1980年代生まれの日本人(小泉さん)はどうして当たり前に思えるんだろう?

もうひとつ面白いと思ったのが、対談相手のドイツ人女性の話。ドイツに出稼ぎに来ているモルドバ人ていうのは、泥棒するのが当たり前みたいにモラルがない。モルドバ人はそういうもんだって、ドイツ人は思っていると。

この本の話ではないけれど、それで思い出した。今日翻訳した記事の中でこんなのがあった。EUに難民としてやってきたウクライナ人女性いわく、「ここで掃除婦なんてできません。私たちはアラブ人じゃないんですから。」

ウクライナ戦争が始まってからもう500日くらいになる。パリが燃えているらしいが、マスコミはほとんど報じない。



2023年6月27日火曜日

優柔不断術 赤瀬川原平

赤瀬川原平さんが2014年10月26日に亡くなっていたことを知った。
なんでこんな大事なことを知らなかったんだろう。それは、パキスタンのイスラマバードから帰国して、つぎの任地であるイランのテヘランに出発する準備で、あたふたしていた時期だったからだ。そうに違いない。

赤瀬川原平さんは1999年ごろ、たてつづけに重要作品を出した。「老人力」も「ライカ同盟」もそう。しかるに我輩は、1999年から2002年までマレーシアのクアラルンプールにいた。「老人力」を読んだのは2007年ごろ、「ライカ同盟」を読んだのは2020年ごろのことだ。「ライカ同盟」を読んだ頃は、まだ原平さんが死んだことを知らなかった。

この「優柔不断術」も1999年。この本は長和町の道の駅の古書コーナーで発見・購入。「老人力」「ライカ同盟」の軽いノリで読みはじめた。はじめは内容も軽いノリだったのに、読み進めるうちにどんどん深くなってきた。後半にはいると、メモしておきたいような重要な表現が出てくる。

「裏側が描けてない」

「言葉はあいまいが真実である」

「芸術方面の人は、だいたい子供的である。その証拠に、すぐ哲学になる。」

赤瀬川原平さんは、考えに考えぬいて、その結果をわかりやすい形で提示する。まるで「ぽてん。」と路上に置くみたいに。それがたいへんおもしろく見える。トマソンだ。彼が切り取ったり、提示したりするものは、あんまり面白いので吹き出してしまうこともある。でもそれは、さんざんデッサンをしたのに「裏側が描けてない」と言われたりして、さんざん蓄積された見る目が生み出すおもしろさだと思う。

原平さんは1937年の生まれなので、この本が出された1999年には62歳だったはずだ。我輩はそんな歳を過ぎたが、原平さんみたいに面白いことを、さりげなく路上に置き去りにできるかな。





2023年6月20日火曜日

手数料と物流の経済全史 玉木敏明 東洋経済

ブックオフで1000円で購入。

新品同然の本を開くと、はらりと落ちたのが「著者謹呈」の栞。謹呈したのに開かれずに古本屋直行なんて気の毒に・・・。

読みはじめて気になったこと。文体が統一されてない。特に、

のである。
となっている。
意味する。
ものである。
だろう。

が多用されているところと、そうでないところが際立っている。

上に列挙したのは、AIが生成した文章の特徴だ。「ワシが舞い降りたった」というブログで毎日せっせとロシア発の英語記事をAIで和訳して掲載している拙者だ。エディターでまっさきに修正するのが上記のAI癖。

物流の歴史なんてタイトルなので、気張ってホモサピエンスの出アフリカから書きはじめてしまったものだから、AI作文で埋めたのかな。東洋経済と共謀したのか、それとも東洋経済の編集者の目が節穴なのか。それはどうでもよろしかろう。

ヨーロッパのところになると、さすが玉木先生のご専門なので、AI文体ではない。文体は気にならなくなったが、内容の雑さが気になる。アルメニア人とセファーディックユダヤ人に言及したのはいいとして、歴史を撫でたような紹介だけで、なんでそうだったのか、それからどうなったのかというのが決定的に欠落している。面白くない。イエズス会に相当数のコンベルソ(セファーディックユダヤ人でカトリックに改宗した人たち)が流入したという仮説もいい感じだが、実証のないまま次に進んでしまう。残念だ。とても。

マイケル・ハドソン先生はイギリスが世界帝国になる上での原資はインドにあったことを明かしたが、この本にそういう知的興奮は期待できない。歴史の教科書を眺めたような眠さが読後感でありました。

ここまで書いて考えた。これは著者に謹呈された人がブッコフに持ち込んだんじゃなくて、著者その人が持ち込んだんじゃないのか。出版社と著者とブッコフの緊密なコンスピラシー。もう一つの出版ビジネスモデルてか。