2023年6月27日火曜日

優柔不断術 赤瀬川原平

赤瀬川原平さんが2014年10月26日に亡くなっていたことを知った。
なんでこんな大事なことを知らなかったんだろう。それは、パキスタンのイスラマバードから帰国して、つぎの任地であるイランのテヘランに出発する準備で、あたふたしていた時期だったからだ。そうに違いない。

赤瀬川原平さんは1999年ごろ、たてつづけに重要作品を出した。「老人力」も「ライカ同盟」もそう。しかるに我輩は、1999年から2002年までマレーシアのクアラルンプールにいた。「老人力」を読んだのは2007年ごろ、「ライカ同盟」を読んだのは2020年ごろのことだ。「ライカ同盟」を読んだ頃は、まだ原平さんが死んだことを知らなかった。

この「優柔不断術」も1999年。この本は長和町の道の駅の古書コーナーで発見・購入。「老人力」「ライカ同盟」の軽いノリで読みはじめた。はじめは内容も軽いノリだったのに、読み進めるうちにどんどん深くなってきた。後半にはいると、メモしておきたいような重要な表現が出てくる。

「裏側が描けてない」

「言葉はあいまいが真実である」

「芸術方面の人は、だいたい子供的である。その証拠に、すぐ哲学になる。」

赤瀬川原平さんは、考えに考えぬいて、その結果をわかりやすい形で提示する。まるで「ぽてん。」と路上に置くみたいに。それがたいへんおもしろく見える。トマソンだ。彼が切り取ったり、提示したりするものは、あんまり面白いので吹き出してしまうこともある。でもそれは、さんざんデッサンをしたのに「裏側が描けてない」と言われたりして、さんざん蓄積された見る目が生み出すおもしろさだと思う。

原平さんは1937年の生まれなので、この本が出された1999年には62歳だったはずだ。我輩はそんな歳を過ぎたが、原平さんみたいに面白いことを、さりげなく路上に置き去りにできるかな。





2023年6月20日火曜日

手数料と物流の経済全史 玉木敏明 東洋経済

ブックオフで1000円で購入。

新品同然の本を開くと、はらりと落ちたのが「著者謹呈」の栞。謹呈したのに開かれずに古本屋直行なんて気の毒に・・・。

読みはじめて気になったこと。文体が統一されてない。特に、

のである。
となっている。
意味する。
ものである。
だろう。

が多用されているところと、そうでないところが際立っている。

上に列挙したのは、AIが生成した文章の特徴だ。「ワシが舞い降りたった」というブログで毎日せっせとロシア発の英語記事をAIで和訳して掲載している拙者だ。エディターでまっさきに修正するのが上記のAI癖。

物流の歴史なんてタイトルなので、気張ってホモサピエンスの出アフリカから書きはじめてしまったものだから、AI作文で埋めたのかな。東洋経済と共謀したのか、それとも東洋経済の編集者の目が節穴なのか。それはどうでもよろしかろう。

ヨーロッパのところになると、さすが玉木先生のご専門なので、AI文体ではない。文体は気にならなくなったが、内容の雑さが気になる。アルメニア人とセファーディックユダヤ人に言及したのはいいとして、歴史を撫でたような紹介だけで、なんでそうだったのか、それからどうなったのかというのが決定的に欠落している。面白くない。イエズス会に相当数のコンベルソ(セファーディックユダヤ人でカトリックに改宗した人たち)が流入したという仮説もいい感じだが、実証のないまま次に進んでしまう。残念だ。とても。

マイケル・ハドソン先生はイギリスが世界帝国になる上での原資はインドにあったことを明かしたが、この本にそういう知的興奮は期待できない。歴史の教科書を眺めたような眠さが読後感でありました。

ここまで書いて考えた。これは著者に謹呈された人がブッコフに持ち込んだんじゃなくて、著者その人が持ち込んだんじゃないのか。出版社と著者とブッコフの緊密なコンスピラシー。もう一つの出版ビジネスモデルてか。



2023年6月13日火曜日

建築学の教科書 彰国社

安藤忠雄さんとか藤森照信さんとか、いろんな建築に関わる人たちのエッセイ集。その二人しか知らない。エッセイと言っても、出会うとか探るとか刃向かうというテーマが与えられている。

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「昔、美しい樹の下で、ひとりの人が教師であることも知らずに、これもまた自分たちが生徒であることを知らない人びとと話しはじめた。」

これが学校の真のはじまりだと建築家ルイス・カーンはことあるごとに、ともに働く人々に語った。

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こんな本だ。おもしろかった。



2023年6月11日日曜日

ロシアの正しい楽しみ方 「勝手にロシア通信」編集部

おすすめは次の章

「ロシアの友を日本に呼ぼう!」

・・・カルムイク出身のメルゲンが日本に行きたいというので情報集めと保証取付に奔走する話。メルゲンはけっきょく日本に来られなかった、というのもパスポートを申請していなかったからというオチ。そのメルゲンをカルムイク共和国まで出かけて探すのが次の章。

「カルムイク共和国で尋ね人は探せるのか?」

ちなみに、いつかシベリア鉄道に乗りたいと願う我輩だが、おそらく5ダースくらいのお土産を持っていかんとあかんだろうな、と思う。そんなことを想像させてくれる。




2023年6月4日日曜日

ユーラシアの東西 杉山正明

月子の家にあったので、「これおもろいやん」とコメントすると、「それパパが持ってきたんやで」とのこと。

どうやらロシアの特別軍事作戦が始まる前に読んだのと、始まって何年かたって読んだのとでは面白さが違ったようです。

済州島で開催された学会に参加した杉山さん。鎌倉時代の元寇について、その頃は気動船ではなく、風まかせの帆船の時代で、海運は海流に大きく左右される。そんなことを前提にしないと歴史は解釈できない云々と言います。大変おもしろい。

しかし同じ杉山さんが、アフガンに攻め込んだアメリカ軍について、南下したいロシア、西に勢力を延ばしたい中国、東に勢力を延ばしたいイラン、北に勢力を延ばしたいインド、これらの勢力にアメリカが楔を打ち込んだ、みたいな言いかたをしています。

中村哲さんは、アメリカ軍は空軍基地にひきこもっていて、ときどき飛行機で出かけていって爆撃する、それだけだ、みたいなことを書いていました。最終的に撤退。だから、杉山さんの見立てはぜんぜん違った。地図とか地形図とか眺めているだけでは、よくわからないし、解釈がとんちんかんになる。

歴史家は、数百年から数千年とかいう視線で歴史の因縁を考察するので、比較的短期の国際政治みたいなのにコメントすると、当たるときもあれば、大きく外れるときもある。

この本で名前だけ触れられている廣瀬陽子さんは、ウクライナ戦争がらみでメディアに登場し、とんちんかんでマトはずれ、結局BBC・CNNのデマ追認という役割をふられた。それは彼女が歴史の学者で、数百年みたいなながーいスパンでウクライナとロシアのことを調べてきたから。

済州島の海流みたいに、無理なことをゴリ押しして、それでもうまくいったというのは、歴史ではあんまりない。ハンニバルくらいかな。

杉山さんはこの本でロシア軍をアホ扱いしていますが、それもちょっと違うんじゃないかな。軍隊は装備を揃え、兵隊を訓練し、飯を食わせ、動かす組織。地道にゴリゴリやるしかない。本当のアホはアメリカの政権中枢とシンクタンクではないか。明治維新以来の日本という、欧米にとっての成功体験が彼ら彼女らをアホの塊にさせたのではないかと我輩は思う。

明治維新というのは、ウクライナみたいに弱体だった日本の皇族を、ウクライナみたいに西欧が資金や軍事ノウハウや軍備で支援して成功させたクーデター。明治政府をおだてて、中国とロシア相手に立て続けに戦争させ、近代の分水嶺みたいなのにしたのも欧米。その日本を陥れて、大東亜戦争に持ち込ませ、核爆弾で一般人を殺戮し、占領したのも欧米。躍らされた日本は、それでも欧米に貢献してきました。

それから欧米は戦争に勝っていない。勝たない戦争をずるずる続けることで、軍産複合体が太り続け、一方でシンクタンクも政権もアホの塊になってしまった。

24歳のときイラクに派遣され、砂漠で途方に暮れた我輩。こんなとこでどうやって食い、眠り、生きていくのか。ここの人たちは何をくい、飲み、どこで眠り、どうやって生きていくのか。地図とか地形図とか、人口とか分布とか、資本力とか軍備とか、輸送ルートとか気候とか、河川とか季節とか、そういう机上の知識もだいじだけれど、そこで人々がどうやって生きていってるのか、そんな視点がないとアホになると思います。

下諏訪にも観光客が戻ってきました。外国人のグループもいます。下諏訪には首塚というのがあります。ウクライナみたいに弱体で、西欧の支援でようやく歩きだした明治政府。プロパガンダ目的で「明治政府になったら年貢免除!」というスローガンを広めるため、血気盛んな若者をリクルートし派遣。そのグループが下諏訪あたりまできた時、どうやら明治政府が勝ちそうな趨勢になった。勝ったら免税なんてやるわけないので、プロパガンダ隊が困ったことになった。邪魔なので捕まえて殺した。それが首塚。名誉回復したのは随分あとだそうです。

イデオロギーや勢いで突っ走ると、ろくなことはない。

普通の人たちは、明治政府が勝つか、徳川幕府が勝つか、勝ったほうに従うに決まっています。あるいはその土地で声の大きい人に従うしかない。現地の人たちが何を食い、どこで眠り、どうやって生きていくのか。地面に近い視線で想像力をめぐらさない限り、アホのかたまりになってしまいます。

杉山さんの指摘で面白かったのは、もうひとつ。グルジアとの戦争は、ロシア軍がずいぶん前の時点で準備していたに違いないというところ。それはそうだと思う。サーカシビリはずっとやんちゃなことを言ってきたから、当然でしょう。でももっと面白いと思ったのは、グルジア戦争以来、西欧はウクライナをうまく活用してロシアをやっつけてやろうと思っていたんじゃないかな、と気づいたこと。中国をやっつける前哨戦でロシアに手を出させたというんじゃなくて。中国とはぜんぜん別の文脈で。