2025年5月26日月曜日

リチャード・ティーという曲

ビッグ・ボーイ・レモネードとソリッド・ゴールドというバンド。いつまでたっても、「ビ・・・ビッグボーイ・・・レ、レモネード」くらいしか言えない、ジョー・バイデン状態であります。

このピアノ曲はリチャード・ティーに捧げられた曲。このバンドのアルバムで、ちゃんと聴けるのはこれくらいかな。あとの曲曲は、メンバーはとてもいいのに、ピアノが出過ぎ。 惜しいね。

この曲は、楽譜がPDFで出てる。見ると、いがいと音符おおいね。

https://www.youtube.com/watch?v=2F-cObuuNv8

とてもいい曲だと思う。

2025年5月6日火曜日

天路の旅人(下) 沢木耕太郎 新潮文庫

連休最終日は雨だったので、下巻まで一気読み。たいへん面白かった。いわば西川一三さんの「秘境西域7年の潜行」のダイジェスト版+オマケ付き。それなら「秘境西域7年の潜行」を読めばええやん、と言われるかも知れないが、読むのは大変だよ。どうしても読むというなら、この本をガイドブックがわりにして、「秘境西域7年の潜行」を読むのを薦めます。

さらに、プラスアルファのところがでっかいオマケ。そのオマケの部分が、木村肥佐生ファンにとっても必読だ。木村さんの本で書かれていなかった、インドで官憲に自首してから帰国、そして帰国後のことが書かれている。さらに、これまでどこにも書かれなかった、西川さんと木村さんの関わりみたいなところが出てくる。

ところで、西川さんと木村さんは興亜義塾の同期生だと思っていたら、違った。木村さんは西川さんより年下だけれど、1期先輩になる。木村さんと西川さんが一緒に写っている写真をどっかで見たと思っていたので、勘違いしていた我輩であった。

 河口慧海の「チベット旅行記」もさることながら、西川一三さんの「秘境西域7年の潜行」がなんでそんなに読みにくいかというと、旅した人が思い出しながら書いているから。旅したことのある人にとって、その場所は既知になる。既知の人にとって、A地点はどうだった。A地点からB地点に移動した。B地点はこうだった。その場所が未知であるほとんどの読者にとって、書かれてあることの意味がよくわからない。それを読み続けるのは苦痛でしかない。

天路の旅人(上) 沢木耕太郎 新潮文庫

信毎新聞の広告を見て、数日後にふつうの本屋(松本のイーオンの未来堂書店)で定価で本を買う・・・という近年稀に見る行動に出た我輩でありました。西川一三さんのことを買いた本です。

西川一三さんは「秘境西域7年の潜行」という膨大な記録を残していて、我輩がチラ見したところでは、ディーテールがめっちゃ詳細であるがゆえに、そして分量が膨大であるがゆえに、全体がよくわからない。いっぽうで、木村肥佐生さんは西川一三さんの興亜義塾での同期であり、同じようなルートをほぼ同時期に旅して、それを「チベット潜行十年」 というわかりやすい本にまとめている。そっちを先に読んだというのもあって、西川さんの本は長いこと放置していたという次第。

木村さんの本にも西川さんがときどき登場する。両者の個性の違いが、知れば知るほど興味深い。木村さんは帰国してアメリカ占領軍、いわゆるGHQに出頭して長期の尋問を受け、それが縁になってアメリカ大使館でモンゴル情報の蒐集を仕事にして生活し、のちに亜細亜大学の先生になった。西川さんは岩手で化粧品とか日用品の卸問屋として暮らした。

木村さんの人生に対するアプローチは、スパイとして特異な旅を経験したということと、驚異的な記憶力と語学力、そして強靭な体力を除けば、ごく普通だと思う。 帰国して外務省に出頭したところ、「復命に及ばず」みたいな対応をされたと書いてあった。木村さんは自分の興味とか好奇心も当然あったけれど、国のために命懸けで働いた。国のバックアップがあると信じていたので、苦難の旅を敢行した。それなのに、戦争に負けたからというだけで、日本人の誇りを捨てた外務省の小役人は、辛苦を労いもせず「復命に及ばず」と。かえってアメリカの占領軍のほうが、木村さんの旅の価値と特異な能力を認めて仕事をオファーした。ふつうの人としてのふつうのリアクションだと思う。

西川さんは、木村さんの描写によると、国から委託された密偵業務よりも、自分の好奇心とか興味を優先させたようなところがある。だから帰国して、記録を書いて、公的機関とはかかわらず、日用品の卸問屋で暮らした。「新世界紀行」のガイドをしてくれないかというテレビ局のオファーを受けたとき、「いちど行ったところに行っても面白くない」と断ったとか。これは普通の人ではない。隠遁した修行僧とか、仙人のレベルだ。

どちらもめちゃカッコええ生きかただと思う。我輩の恩師の長田夏樹先生は、木村さんや西川さんと同時代の人。東京外大で蒙古語を学んで、満鉄の関連会社の西北交通で働き、敗戦になって人民解放軍に合流して通訳となり、国民党に捕まって日本人であることがバレ、強制送還されて帰国し、神戸外大で中国語の先生になった。長田先生の生きかたも、めっちゃおもろい。

木村さんは1989年没。西川さんは2008年没。長田先生は2010年没。長田先生の謦咳に触れたのに、その世代の人たちほどダイナミックでおもろい社会人生活を送ったわけではない。「自分を低いところに置くことができるなら、どのようにしても生きていけるものです」と、西川さんは沢木耕太郎に語った。我輩はバグダッドでも、マレーシアでもインドネシアでも、パキスタンでも、運転手を雇って高速移動した。自分を低いところに置いた経験は、ニューヨークのチャイナタウンで中国語を話して犬以下の扱いを受けたこと、マレーシアで中華系と思われてやはり犬以下の扱いを受けたこと、そしてパキスタンのイスラマバードの市場で、パシリのおっさんとして扱われたこと。そんなけだ。でもイスラマの市場の縁石で、パシリのおっさんたちの隣に座って風に吹かれたときに悟った。そうだ、俺がやりたかったのはこれだ。ふつうのおっさんたちと同じ場所で、同じ目線で同じ風景を見て、同じ風を感じること。

長田先生が伝えたかったのは、その経験の面白さだったんじゃないか。

 

2025年5月1日木曜日

Josh Smith というブルース・ギタリスト

https://www.youtube.com/watch?v=OXELtF_mfCA

 まだ若いのに、このリラックス感。そういえば、コーネル・デュプリーが What would I do without youを出したときも20代だったかもしれない。

 https://www.youtube.com/watch?v=HySJBf-WBAU 


2025年4月29日火曜日

機械仕掛けの愛 業田良家

いままでで泣けた映画がふたつある。「この世界の片隅に」がひとつ。もうひとつは、「自虐の詩」・・・たしか、家族でネパールかどこかに行く飛行機の中で見て泣いた。何が我輩の琴線に触れたのかわからんが、原作者が業田良家。

標題のマンガ。第1話を読んでグッときたので、しばらく放置していたら月子が先に読んだ。「グッとくるのと、ホラーが交互にくるで。」というコメント。 続きも注文した。

2025年4月27日日曜日

アラン・ジャン・マリーというクレオールのピアニスト

最初に知ったのは、ビル・エバンス作曲のインタープレイ。キース・エマーソンが展覧会の絵のブルース・バリエーションで弾いていたのを、我輩は何十年も知らずにいた。それを知ったのがこの人と、ディエゴ・インベール(インベルト?)というベーシストのアルバム。このピアニストの名前で追っかけていると行き着いたのが、クレオール・プロムナードというソロピアノのアルバム。

https://www.youtube.com/watch?v=WlLrfqkvLLY&list=PLoz6oUc6nDFWfA5wgjAJeKFkFJzvhMrmR

明るくてもの哀しいという、ほとんどの日本人(たぶん)がグッとくる音楽が詰まってます。こちらの批評も、何を言っとるのかほとんどわからんけれど、推しの気持ちが伝わってきます。https://www.catfish-records.jp/product/30945

 


2025年4月24日木曜日

ギョクセル・バクタギルというカヌーン弾きの作曲家

https://www.youtube.com/watch?v=nfAGZ8fuvvg&list=PLzH6TJlPoWj7GgAIsOp1tnLhCs7KJJZ7-

 この人の名前だけだと、ほとんどライブか、他の人がカバーした曲しか出てこない。アップルミュージックで探し当てたのがこのアルバム。

ところでこないだ、月子の部屋でそこにあったエレキギターを触って驚いた。ギターにさわるのが久しぶりだったので、フレットとフレットの間隔の広さに驚いた。自分の頭で鳴ってる音が出せない。頭で鳴っている音が、楽器にひきずられて矯正される。うわっ。これはたまらん。

トルコとか環地中海音楽、いわゆるアラビア音楽に触れると、最初は違和感ありまくりで、気色悪くてきもちよかった。たくさんたくさん聴いていると、微分音がふつうになる。そうなると、楽器はフレットレスでないといけない。

12音階の世界でも、マイナー音階がたくさんあるのに、メジャーはほぼひとつしかない。 微分音階になると、いわゆるマイナーの世界がもっと広がる。マカームとかになると、2オクターブでひとつのマカームというのもありで、多様性は目がくらむくらいだ。

とはいいながら、スティーブ・ガッドも聴いてるけど。