2022年10月8日土曜日

ロシア語だけの青春 ミールに通った日々 黒田龍之介

【引用】

講演会で外国語学習について話していたとき、こんな質問が出た。

「ひたすら発音して、暗唱してという、ミールの方法をどう思いますか」

答えは決まっていた。

わたしはそれ以外に知らない。


本当に、知らないのである。

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この本の最後の部分である。

深く、深く感動した。

2022年10月2日日曜日

京都、パリ この美しくもイケズな街 プレジデント社

「京都嫌い」の井上章一さんと鹿島茂先生の対談。おもしろかったので洗濯物を乾燥したりごろ寝しながら1日で読了。

得られたものは、ルイ16世の弟がゲイだったとか、国家とか都市が凋落しはじめたとき観光地化するとか、フランスの高速道路のSAみたいなところの大衆向け食堂のメシは激マズだとか、料理史家は「イタリアからやってきた料理人がルイ14世にから休暇をもらってイタリアに帰った時点」がフランス料理の成立としているとか、丸紅も伊藤忠も応仁の乱のあと荒廃した中京に移住した近江商人であるとか、あれこれたくさんの無駄な蘊蓄。

「無駄」というのはなんでかというと、我が輩はすでにジジイと呼ばれる領域に達していて、ジジイがもっとも避けるべきは、若手が聞いてもしょうがない、そもそも聞きたくない蘊蓄を語ること。ゆえに蘊蓄は無駄に蓄積され、忘れられるか、ジジイとともに灰になる。聞き上手のジジイになるために、蘊蓄はほぼ無駄である、と断言して差し支えない。

この本を要するに、お二人とも京都とパリという、お高くとまった街が大嫌いというのが伝わってくる。

もうひとつ。ドイツ軍がパリを占領するたびに、将官がパリの娼館にいりびたったという。娼館の売上を通じて、フランス全体として賠償金をほぼ回収したという。見方を変えれば、ドイツ軍はパリの娼館に行きたいのでフランスを攻めるのではないかと思えるくらい。

いまウクライナとロシアがあれこれやっているけれど、両者はフランスとドイツくらいの違いもない。はたから見たらだいぶ違うフランスとドイツですら、両者の喧嘩はけっきょくパリの風俗をハブに展開していた。そしてロシアとウクライナは京都でいわば、洛外と洛中の喧嘩みたいなもの。そんなん核戦争になるわけないし、ウクライナがとんでもなく縮んでしまったオバケみたいな内陸国になり、そして西欧はインフレでボロボロ。そんなんはじめから決まっていたと思うのだが。ユダヤ人を虐殺さえしなければ、パリのフーゾクめざしてタイガー戦車で突撃したドイツはのちのち愛される存在になれたかもしれない。

1933年、スタヴィスキーというユダヤ系ウクライナ人が、当時の政権がからんだ大がかりな金融犯罪事件がおこったらしい。これも本書の受け売りだが、ゼレンスキーもユダヤ系。ウクライナという場所はなんだか、自分とこのユダヤ人にひっくり返される運命にあるんじゃないだろうか。

2022年8月27日土曜日

それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子 新潮文庫

 読みはじめて知ったのだが、日本学術会議で任命拒否をくらったのがこの人。安倍ぴょんの爺さんとか昭和天皇の大間違いをこんなけまじめに検証したら、そりゃ自民党なら拒否するでしょうよ。統一教会支配下であったにせよ、ポスト統一教会時代にせよ。

449ページに紹介された水野廣徳という人の意見:島国ゆえ他国から容易に侵略されることがなく、しかし天然資源に乏しい「日本は戦争をする資格がない」・・・これはいまでも、いや今であるがゆえに真理である。

いじめてはいけないやつがいる。食糧をつくり、エネルギーを掘り出し、材木を切り出し、窒素を合成し、タングステンなど工業原材料を供給するやつだ。ロシアだ。資源を持っていて、せっせと汲み出し、切り出し、掘り出すやつをいじめてはいけない。

アメリカのいつかの大統領だか国務長官がロシアのことを、「ガソリンスタンドに軍隊がくっついている国家」と言ったらしいが、そのガソリンスタンドの地下には膨大な天然資源があり、軍隊の背後には超音速ミサイルを作ることができる工場が並んでいる。

悪玉アメリカも似たようなものだが、軍隊の経費はすべて借金だ。借金のドル建て証書が世界中で流通しているのはとても不思議な現象だが。そのへんのカラクリはマイケル・ハドソン先生が喝破してくれた。

閑話休題。世界情勢や歴史に対する無知無理解から一方的にロシアを悪者にするなら、単なるアホちんだ。しかしウクライナみたいな腐敗ヤクザ国家を支援するというのは、これはもう確信犯でしかない。そしてウクライナが、ロシア系住民が多いところを全部ロシアに取られ、西のほうはポーランドやチェコに侵食されてとてもとても小さくなり、キエフと周辺くらいしか残されず、ほとんどエストニアくらいの面積で、内陸の不利な立地でロクな産業がなく、しかしアメリカと西欧に対する膨大な借金は残される。そういう事態に至っても、誰も責任を取らないのだろう。安倍ぴょんの爺さんがまさに責任を逃れたように。

この本をよく読むと、東京大阪が焦土にされ、沖縄で20万人が殺され、広島長崎で30万人が殺されるまでに、何度かケツをまくって「もうやめた」と言えるタイミングがあったことがわかる。任命拒否を喰らうくらいで済んでいるのが、まだマシな国家体制ということなのか。

この姉妹ブログ「ワシが舞い降りたった」にリンクを貼っておいたのだが、

https://sputniknews.jp/20220826/12638283.html

もし日本が中国+北朝鮮と戦うならミサイル2万発が必要だ、というのが素人にも分かりやすくシンプルに書かれている。どう考えてもやはり、

「日本は戦争をする資格がない。」



2022年8月26日金曜日

スコット・ホートンのインタビュー:マシュー・エイキン

https://scotthorton.org/interviews/8-12-22-matthieu-aikins-on-the-many-problems-facing-afghanistan-today/

The Naked Don’t Fear the Water: A Journey Through the Refugee Underground

という本を出したジャーナリストのマシュー・エイキンがゲスト。

「裸人は水を恐れず」というタイトルは、アフガニスタンのダリー語(=ペルア語)の俚諺で、失うものは何もないというくらいの意味だそうな。

この人の友人にアフガン人の通訳がいて、彼はアメリカ軍でも働いていた。アメリカ軍が撤退するというので難民ビザを申請したが、受理されなかった。仕方がないので、非合法で出国するという。その友人について、業者の手引きでアフガニスタン南西部からパキスタンのバロチスタンに抜け、パキスタンからイランのバロチスタンに入り、イランを東西に横断し、トルコに入り、トルコからゴムボートでギリシアに入った。そこからさらに西に移動し、あるものはロンドンに至るものもいるというルートである。

「僕がダリー語を話したらアフガン人にしか見えないんだよね」という彼は、実際に写真を見るとその通り。アフガン人にしか見えない。

というわけで、近年稀に見るほんまもんのジャーナリストである。本を入手したいのだが、やっぱりアマゾンでもう一回アカウント開設しなきゃいかんかなあ・・・。

2022年8月20日土曜日

司馬遼太郎 街道をゆく5 モンゴル紀行

司馬遼太郎の学生時代を知る人がブログを開設している。

98歳ブログ「紫蘭の部屋」

https://ameblo.jp/siran13tb/entry-12476644678.html?frm=theme

素顔の司馬遼太郎のことが書いてある。おもしろい。

司馬遼太郎は大阪外語学校でモンゴル語を学び、戦時中だったので二年生が終わったところで繰り上げ卒業させられ、戦車兵として訓練され、ペラペラの鉄板でできた戦車に乗せられた。そんな恨みがあったためか、彼自身とモンゴルのかかわりについては、この本にも他の本にも、たくさん書かれているわけではない。「モンゴル紀行」ではないが、自分をモンゴル人だと思いこんでいたとか、そんなことがさりげなくあちこちに書かれているくらいだ。この「モンゴル紀行」にも、そのあたりはじつにあっさりとしか書かれていない。

しかし、司馬遼太郎にとって、学校を出て30年の間あこがれつづけたモンゴルである。

そんな司馬遼太郎が心情を吐露している、ひとつは外務省職員としてウランバートルに赴任している6年上の先輩にであったときである。

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「崎山さんも、大変でしたな」

と、草原の学問寺で過ごした奇妙な青春を、満腔のうらやましさを籠めて、からかってみた。

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もうひとつは、ゴビ砂漠を去るときである。

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この草花のそよぐ大地に、このつぎいつ来ることができるかと思うと、ちょっとつらい感情が地上に残りそうだった。

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我が輩は神戸外大という学校で中国語を学んだのだが、はじめて中国を訪れたのは卒業の30年後だった。司馬遼太郎との共通点はそれだけだが、自分が青春時代の情熱を傾けて学び憧れた場所というのは格別であって、そこに至るまでのアメリカ、マレーシア、インドネシアなどは吾輩にとってすべて途中の「寄り道」に過ぎない。

その地を踏んだそのあとはぜんぶオマケ。そんな感じでノコノコと同窓会に出かけたり、同学に会って神戸元町で酒を飲んだりするようになった。

上記のブログによると、司馬遼太郎はある時まで同窓会を忌避していたらしい。それにしては、この「モンゴル紀行」、なんと恩師・棈松源一名誉教授といっしょである。ということは、同窓会であべまつ先生に「こんどね、モンゴル行きますねん」「ほなボクもいっしょに行こか」てな話になったのではなかろうか。文豪ゆえ酌を交わしたがるような同窓生は会いとぉないと、そういうこだわりがどうでもよくなったのだろう。

壮年のころの同窓会なんちゅうのは、生臭すぎる。50代なかばの終点が見えることになって、ようやく行ってもいいかと思うくらいのもんだ。そんなあれこれをいっぱい考えさせられる本だったので、読みおわってから何週間もたって、ようやく感想文を書く気になった。

告白 町田康 中公文庫

石牟礼道子さんが巻末の解説を書いている。会話がコテコテの河内弁で構成されたこのストーリー、石牟礼道子さんは天草の人なのでさぞかし読みにくかっただろう。「訊ねる」が鼻音化して「たんねる」になる、というのは、我が祖母おちかの世代の言語である。

「告白」のモデルになった事件が起きたのは1893年、主人公の城戸熊太郎は36歳。その年に祖母おちかの父親、小谷幾太郎は34歳。事件のヴェニューは河内の赤坂村字水分。我が曽祖父・幾太郎の実家・浜寺からわずか20kmくらいの距離である。ちなみに主人公熊太郎は農家の長男だったが、熊太郎自身は農業ではなく博徒であった。我が曽祖父・小谷幾太郎もそこそこ大きな農家の長男だったが、博徒であったらしい。まるでおんなじやんけ。

男30代半ばというのは、落ち着いているような迷っているような、わけのよぉわからんときである。異性関係でも仕事でも、離婚したりモテたり、嫉妬したりされたり、やっぱりわけのわからんときである。そんな微妙な年頃に、近所で10人を殺戮して有名になり、「男持つなら熊太郎」と河内音頭のヒーローにもなった熊太郎のことを、同じ背景を共有した小谷幾太郎はどう思っていたのだろう?というわけで、我が輩にとってまるで他人事ではない。

と、同時代に同じ文化を共有した多くの人も、そして現代の関西人も共感するのだろう。

同作者の「ギケイキ」ほどのスピード感がないのは、新聞小説ゆえか。まじめにコツコツ、ごりごりと書かれている。素晴らしい。

2022年8月7日日曜日

山本耳かき店 安倍夜郎 小学館

 安倍夜郎は深夜食堂で有名になったのだが、デビュー作はこの本であるという。買って後悔しない面白さだ。