2024年7月3日水曜日

十字軍物語 塩野七生 新潮文庫のつづき

標記の本で、トレドのレコンキスタについてはたったの1ページしかない。我輩が知りたい12音階の政治的動機について、トレドはかなり大きな地位を占める。500年くらいのあいだ、ここで発見されたアラビア語文献をユダヤ人に読ませ、ユダヤ人はそれをラテン語の音声に翻訳し、スペイン人がラテン語に書き留めた。そんな地味な苦労を重ねて、欧州人はギリシアとローマの科学哲学占星術化学を学んだという。

そんな経緯を塩尻和子先生がわかりやすい冊子にしてくれた。

https://www.shinshu-islam.com/sislamcivil.pdf

13ページめに興味深い記述がある。西欧の文化史では、4世紀から14世紀までの1000年間が空白になっているという。そのあいだギリシア・ローマの文化はイスラム世界で温存されていたのだが、西欧ではそれを隠して、自分らがギリシア・ローマの直系みたいに宣伝した。はじめのうちは本当のことを全部言うわけではござらん、みたいなノリでそれが周知のことだったのに、そのうち自分らで言いはじめたウソを自分らで信じるようになったみたいだ。

自分らが言い出したウソを自分らが信じるようになるのに、1年くらいあればじゅうぶん。それはウクライナ戦争に関するG7メディアを見ればわかる。

塩野七生さんの本は、人物がよく描かれていて、面白くて読み続けるうちに、年表的な事柄の繋がり、因果関係みたいなもんをすっかり忘れてしまう。それはそれで素晴らしいが、あとで「あれどこに書いてあったかいな?」と探すのが大変。

ユダヤ人についてはまた別の機会に。


十字軍物語 塩野七生 新潮文庫

あっち読みこっち読みした記憶がある。このたび兄貴がどーんとひとそろえ送ってくれたので、はじめから読みだした。

前々から西地中海の文化史をレビューしたいと思っていた。我輩なりにいくつかの主軸があって、ひとつはユダヤ人と西欧人の関わり。もうひとつは12音階。

「12音階」にいろんなキーワードをくっつけてググっても、欲しい情報が出てこない。ほとんどはピタゴラスがどーのこーのという理屈の話。音楽史の世界はそもそも12音階が出発点で、せいぜい純正律と平均律の違いとか。みんなそんなもんだと思っていて、誰も深く考えていない。

物理的な理屈から考えても、おかしいやん。弦を弾くと、真ん中が振動しないポイントになる場合もあれば、振動しないポイントが2つできる場合もある。オクターブを2分割して、それを2分割して、それを3分割したら12音階のできあがり。じゃあ、2分割して2分割して2分割したら、8分割。はじめっから3分割して、それを3分割したら・・・9分割。12音階と8音階と9音階を混在させて、気持ちいいスケールにしたら、地中海沿岸のセタールとかタンブールのフレット構成になる。

理屈上でいろんな可能性があって、じっさいに地中海の西とか南でそういう楽器があったのに、西欧ではなんで12音階が選ばれたのか。それのみならず、ウードにフレットをつけてリュートにしたり、かなり強引に12音階をおしつけてきた。平均律なんて、きれいに響かない和音が多いのに。かろうじて追放されなかったのはバイオリン属だけで、なんでバイオリン属だけがフレットレス楽器として西欧で生き残ったのかは、わからん。

我輩の仮説は、12音階を推進する政治的意図があったから。西欧全体でそれを推進できる力をもっていたのは、カトリック教会しかなかろうて。

2024年6月30日日曜日

日本ワインをつくる人々(1) 北海道のワイン

このシリーズは北海道から始まる。北海道のワインを作り上げた人々があんまりユニークなので、その人物に焦点をあてたワイン本を書こうとしたところ、「ワイン王国」の編集長から注文がついて、他の地域のことも書くのなら出版しましょう、ということだったらしい。

だからこの本が第1巻。長野県で暮らし、働いている我輩は(2)の長野県から読みはじめ、すぐ隣の山梨県を苦心して読み終わり、ついに北海道にやってきた。

いや、ほんとうに面白い。北海道、いいなあ。余市ワインと十勝ワインを飲もう。北海道に行くのはもう少し先のことになりそうだから、とりあえずワインを買って飲もう。

いちばん興味をそそられたのが蘭越町の松原農園。ここに行くか、通販でしか買えない。そんなに値段は高くない。箱買いすれば1本1600円くらい。(10年前の値段だけど。)


日本ワインをつくる人々(3) 山梨県のワイン

情報量がめっちゃ多いので読むのに時間と根気が必要。削るまえはこの1.5倍のボリュームだったらしい。情報量が多いのは、ワイナリーが多いから。ワイナリーが多いのは、歴史が長いから。

著者の山本浩さんは山梨のワイナリーとの付き合いが長く、知り合いも多く、光のあたる部分も影の部分もよく知っているという。それだけに知っていて書きにくいことや書けないことも多く、この本ではあえて光のあたるところを書いた、と後書きにある。

ここに紹介されているなかで、韮崎の山のほうに位置するワイナリーがある。そこに行ってみたくなった。ワインを飲みたくなる本です。

2024年6月10日月曜日

日本ワインをつくる人々(2) 長野県のワイン 山本博

 松本市の東の郊外。聖徳太子が創建したという兎川寺を過ぎたあたりが山辺の里。そこに山辺ワイナリーがある。そこのギフトショップ。片隅に発送伝票を書くための小さなデスクがあって、その小さなデスクの片隅にブックエンドのように置かれていた5冊本ボックス。それが「日本ワインをつくる人々」

そんな本があることを初めて知った。値段を見てびっくり。1冊1800円もするやん。

帰宅してブッコフオンラインで調べたら、やっぱり出てました。長野県の巻が1000円くらいになっていたので購入。届いたら案の定、贈呈の新本。ブッコフが出版社の在庫をただ同然で買いとって売るというビジネスモデルですな。

それはともかく、内容はめっちゃ濃い。つくる人に焦点が当てられているだけでなく、地勢、気候条件、品種、仕立てかた、施肥の内容、仕込みの概要など、ある程度の技術情報も書かれている。我輩が手に入れたのは2007年の初版なので、17年も経過している。状況はかなり変わったかもしれないが、なんでこの地域でこの品種が栽培されているのかという由来などが詳しく書かれていて、興味が尽きない。長野県のことなので、あのへんの話だなと推測できるところがあり、訪れたことのあるワイナリーなども出てくる。嬉しい。

長野県の巻をぼちぼち読んでいるうちに、北海道の巻と山梨県の巻も届いた。そして、著者の山本博さんが今年1月に逝去されたことも知った。ワイン本のみならず、日本労働弁護士団名誉会長。

偉人である。



2024年4月28日日曜日

やし酒飲み エイモス・チュツオーラ 岩波文庫

ぶっとんだ話だ。アフリカはぶっとんでいる。

作者はチュツオーラと表記されているが、トゥトゥオーラというほうが近いんではないかと思う。そのほうがアフリカっぽい。

ぶっとんだ話を1970年に、日本語に訳した人もぶっとんでいる。巻末の解説を読むとそう感じる。さらに巻末に解説、というよりそれ自体が単独の作品のような文章を書いた多和田葉子さんも、相当ぶっとんでいる。日本語で整合しない内容もあるけれど、トゥトゥオーラを読んだ後では、多少の不整合なんかどおでもよくなる。

多和田葉子さんは、いまのいままで知らなかったが、ノーベル文学賞といえば名前が出てくる人だそうな。村上春樹みたいに。

インドネシアのスラウェシ島のトラジャは死者と生者が共存していることで有名だ。この話を読むと、トラジャはどうやらアフリカの比ではない。トラジャほどでないとはいえ、近代化して発展したインドネシアやマレーシアでも、魔術師や祈祷師、いわゆるドゥクンとかボモが棲息する余地がたっぷりある。「へーぇ、黒魔術とか白魔術とかまじめに信じてるんだ。」と思ったことが何度もある。カリマンタンやボルネオの森には先住民の祖先の精霊が住んでいる。

アフリカでは、余地とか、信じているとか、そういうレベルではない。死者は生者と同じくらいにうろうろしており、神も精霊も悪霊も、魔術師も祈祷師も、ふつうの職業のようにそこらへんにある。やし酒飲みもそのひとつだ。おもしろい。

下諏訪には、ときどきそういう人がいる。
「毒澤鉱泉に行ってきました。」
「よかったですね。神に選ばれたんですね。」
毒澤鉱泉というのは、神に選ばれないと、たどり着けないらしい。
毒澤鉱泉に入った帰り道、魂がふわふわしていた。毒澤鉱泉が異界だったのか、毎日ふつうに通勤している下諏訪が異界なのか、わからなくなる。

我輩はアフリカを知らない。チュニジアは行ったことがあるが、サブサハラはぜんぜん知らない。行く機会がなかったし、行きたいとも思わなかった。でもこの本を読むと、いっかい見てもいいかな、という気になる。ふわふわして帰ってこれるかどうか、自信がないけれど。


2024年4月15日月曜日

大阪不案内 森まゆみ ちくま文庫 その2

標題の本の感想の続き。

前半を読んでいた頃はあんまり気にならなかった。後半になると、この人の蘊蓄の量と濃厚さに圧倒される。最後の堺の章になると、歴史と文人と建物の蘊蓄が1行に5つぐらい出てきて、ああ疲れた。飛行機に乗ったら前の座席の背後のポケットに入ってる機内誌。そこに載ってるエッセイなら、ひとつのネタで書けて原稿料をもらえる。それで家族を養える。そんなネタが、1行に5つ出てきたら、ほんま疲れまっせ。文体もなんも印象に残らへん。

ピアノでいえばオスカー・ピーターソンか。

パワフルな女性にときどき出会う。魔女みたいな人。5000年くらい生きてて、森羅万象ことごとく知らないものはない。「頼むから黙っててくれ。」と言っても、「私は大丈夫。」と、朝まで寝かしてくれない人。いや、森まゆみさんがそういう人かどうか知らんけど、その魔女を思い出した。時差ぼけ知らずの魔女。