2023年3月8日水曜日

酒は老人のミルクである 玉村豊男 世界文化社

 上田の図書館のリサイクル本コーナーで、無料で入手。玉村さんの対談集。「酒文化研究所」のインタビューなので、どうやら酔っ払いつつの鼎談。第1章のゲストは米原万里さん。ロシア語にはウォッカを「ストレートで」飲むという表現がないのだという。これは月子にも再確認したところ、やはりそうらしい。

それよりも面白かったのが第2章。三枝成彰さんを交えた鼎談で、西洋音楽史論。酔っぱらい鼎談なので、文脈を整理しないとよくわからなくなる。

・西欧人、特にゲルマン系は音楽に酔うことを嫌う。日本人は酔うのはいいことだと考える。
・一神教は酒に酔うことを嫌う。
・恋愛はシェークスピアのロメオとジュリエット(1595ねん)まで解禁されなかった。ロメオとジュリエットですら一応結婚していた。14歳だったけど。
・日本では電灯が全国的に普及した1935年になって夜這いが滅亡した。
・カント(1804年没)は「あらゆる芸術のなかで音楽は最下等だ」といった。近代合理主義の観点からするとオカルト的だから。単なる嗜好品である、と。
・モーツアルト(1791年没)は快楽と金と名声のために音楽を書いた。その頃、文化の中心はイタリアからウィーンに移っていた。
・ベートーヴェンはカントの哲学を音楽で表現しようとした。音楽はロジックである、と。でも第9(1824年)でシンフォニーに歌を入れた。ベートーヴェンは革命的だった。
・そもそも西洋音楽ではソナタ(器楽)とカンタータ(声楽)を混在させない。オペラ作曲家はシンフォニーを書かないし、シンフォニー作曲家はオペラを書けない。
・キリスト教は器楽を嫌った。楽器はダンスに使われていたから。ダンスは淫乱だから。
・ベートーヴェン以降は、他人と違うことをロジカルにやることが大切になった。究極的に現代音楽というわけのわからんものが出現した。
・一神教の国は二元論なので、どこかで悪魔性を解放しなければ持たない。例えばカーニバル。
・西洋音楽がどこでも同じに演奏されるのは楽譜の発明によるところが大きい。
・ショパン(ポーランド・1849年没)とリスト(ハンガリー・1886年没)まで西洋音楽にはローカル性がなかった。
・ロマン派以降(1820年〜)になるとテンポが揺れる。テンポが揺れると指揮者が必要になる。テンポが揺れるのはジプシー音楽の影響。つまりカトリーク教会の力が弱くなった。
・半音階は淫蕩である、と教会は考える。
・クラシックはドイツの民族音楽。
・A=440ヘルツが推奨されたのは1834年、オーストリア政府が公式勧告したのが1885年。
・チャイコフスキーは快感のツボを押さえすぎるので下品だと禁欲的な西欧人はいう。

1085年にトレドがレコンキスタされ、アラビア語で記された膨大なギリシア・ローマの知識体系の蔵書が発見された。アルフォンソ王はユダヤ人(やアルメニア人)を使ってそれをラテン語に翻訳させた。翻訳事業が終わるとアルフォンソはユダヤ人に改宗するか、追放されるかの一択を迫った。それから500年、シェークスピアが会ったはずのない(イギリスでは1290年から1689年までユダヤ人追放令が生きていた)ユダヤ人を極悪金貸しとして描写した「ベニスの商人」でユダヤ人のイメージは完成された。ユダヤ人は約1000年間、西欧で暴力的に迫害された。

西欧は中間的な存在を認めたくなかったのだろう。人間でも、音でも。

音楽では、ウードにフレットが打たれてリュートとなり、のちにギターとなった。バイオリン族以外の楽器はことごとく12音階に追従した。バイオリン族はかろうじて生き延びたものの、半音階はダンスと同じく淫蕩とされた。

中間物を排除してエッセンスを取り出し、理屈を発見し、敷衍する。自然科学でも薬学でも医学でも、競争心あふれる西欧人がもりあがった1000年間。政治と宗教が推進したとはいえ、もともと西欧人の嗜好に合っていたのだろう。中東発祥のキリスト教が西欧で広まったのも、西欧人の二元論好き、ロジック好きに訴えたに違いない。一見したところ相反する自然科学とキリスト教の併存は、西欧人にとってあんまり抵抗がなかったのか。それともキリスト教が西欧人の嗜好に寄り添うように進化したのか。

その1000年間、西欧は虐める対象としてユダヤ人を必要としていた。まるで共依存の夫婦のように。ユダヤ人がなければ西欧はなかった。競争心あふれる西欧人がお互いに破滅的な殺し合いを避けるためには、ユダヤ人という共通の敵が必要だった。

ユダヤ人のおかげでアイデンティティーを確立し、科学技術と武器とダイナマイトを発明した西欧は、世界を植民地にした。植民地から搾取し、奴隷にした有色人種から搾取し、蓄積した富と不労所得の旨味を追求。ついにドル世界全体をファイナンス化し、為替と株と商品先物の売買で巨額の不労所得を獲得するシステムを作り上げた。調子に乗って、資源をもつロシア、労働力をもつ中国を植民地化しようとして戦争をはじめた。

終わりの始まりだ。

文明論的観点では、イスラエルの墓穴を掘った。ユダヤ人がイスラエルを建国してしまったいま、西欧はどうすればいいのか?西欧は秦の始皇帝が出なかった中国。統一は絶対不可能。共通の敵を見つけなければならない。ロシアか?

音楽では、12音階をもとに和声楽が発達し、アフリカのリズムと合流してジャズが生まれた。それが西洋音楽の到達点であり、ウィントン・マルサリスがジャズの墓を掘った。ジャズが緊張感をともなったエキサイティングな音楽ではなく、居酒屋のトイレで流れるBGMとなった。クラシック音楽は、死骸である。